スネかじりのニートの身にとって、盆と正月くらい長期帰省して親の機嫌をとることが唯一の仕事。なので、明日帰省します。帰京予定は1月6日。
実家にはパソコンがないため、日記の更新どころかネットもできない超アナログ生活...。なので、年末年始gojo日記はお休みさせて頂きます。

6月に、かる~い気持ちで書き始めたこの日記も、実は毎日読んでくれてる人がいるという事実を知ってから、なんとかその方達が楽しんでくれるよう、私なりに頑張って毎日更新してみました。まだまだ力不足なことは重過ぎる程重々承知しておりますが、なんとか精進していくので、来年もみなさまよろしくお願いします。ぺこり。
いい加減内容の方ももう少し充実させようと、某氏と色々計画中なので、そちらの方もお楽しみに。
それと、面白い原稿も募集中。結構原稿料には自信あるので、是非。

それにしても。
毎年お正月には「今年こそは映画以外に趣味を広げる!」と鼻息荒く決意するのに、気がつけば今年も映画見る以外ロクなことしてない...。1年の半分以上を新宿かお茶の水か京橋で過ごしました。来年こそは鎌倉とかディズニーランドとかズーラシアとかシーパラとか行きたい...。っつーか、一緒に行く人欲しい...。なんてね...。

2005年は、私にとって、本当に人生の機転になる1年でした。結果的には、本当に良い年だった。
来年も、私と私の好きな人たちが平和で楽しく笑っていられるような1年になりますように!!!!

ではまた年明けにお会いしましょう!さらば!

一年で最も興味のないイベント、クリスマス・イブですね!節分の方が好き。
私は、年下の可愛いボーイズたちと、年齢不詳のゲイボーイズたちと、笑いと酒にまみれて過ごしてみました。
みなさんが楽しくて幸せで平和なクリスマスを過ごせますように!!!

ユ・ヒョンモク監督『殉教者』を見て以来、見たくて仕方なかった『人間の子』を見に行くため、本日もフィルムセンターへ。
それなりに覚悟はしていたけれど、冒頭の雷雨の教会のシーンで、ショック全開。で、そのまま最後まで、とにかく、ただすごかった。以上。

って、本当にそんなことしか言えないくらいすごい映画だったのよー。色んな意味で。とにかく見て、って言いたいけど、多分今日の機会を逃したら当分見ることはできないんでしょうね...。悲し。
主演の河明中の、ほんまに神がかった様な芝居とか、物語の内容自体とか。いちいち衝撃的過ぎ。いちいち驚くのに疲れた(良い意味でね)。監督は「台詞に依存しているので映像表現に苦労した」と仰ってるが、そんなことは全くなく。改めて、本当に志の高い映画監督なのだなと感心。しかも現在よりも冷静に映画を撮るのが難しと思われる時代にね。

あぁ、韓国映画がもっと見たいなぁ。キム・ギヨン監督作品なんてひとつしか見たことないし。どこかで誰かが上映してくれること強く希望。

夜、友だちと渋谷でご飯を食べた後、テンションがムダに上がったので、勢いで超久々にプリクラなんて撮ってみるも、あまりにも最新機種についていけてない自分たちに呆然とする。プリクラ元祖世代として、軽く屈辱を覚える。来年の目標に、最新プリクラ機能把握を追加することに決定。

ということで、本日もフィルムセンターにユ・ヒョンモク監督作品を見に行く。
『恐妻家三代』。なんか、タイトルに惹かれた。漫画の「ダメおやじ」を思い出して。
この映画はまたまた今まで見たユ監督の作品とはうってかわってベッタベタのコメディー。で、ちゃんと面白い。すごいわー、おじいちゃん。(撮った当時は若かったでしょうけど)スタッフの生計のために、なんて言葉がカタログに載っていたけど、決してそんなやっつけ仕事には見えず。ふとした夜のシーンがやたらかっこよかった。
そして!この映画により「女は3日に一度は殴らなあかん」という言葉が、叔父の造語ではなく、韓国で使われている言葉だという事実が発覚!恐るべし韓国男。今の韓流スター好きの日本人どもはこの実態を知っているのか。

小休止していたフィルムセンターのユ・ヒョンモク監督特集へ再び。
評判を聞いて楽しみにしていた『誤発弾』。朝鮮戦争後の韓国社会に生きる人々の物語。
「芸術映画」として評価された、とカタログには書いてあったが、こんな内容の映画が1961年の韓国で撮られたことにものすごいショックを受ける。内容というか、その世界というか。カメラマンが金學成という事実もすごい(山形映画祭でこの人についてのドキュメンタリーを見たのです)。貧困と戦争と朝鮮と韓国とアメリカと日本。むー、と唸るしか今の私にはできないっす。
もちろん、音の使い方とか、アパートの部屋のシーンの美しさは、ただそれだけで十分に素晴らしいものでしたさ。

それにしても、本当にその作品によって全く異なる雰囲気を作ってしまう監督。今まで見たもの全て同じ監督の映画とは信じ難い。あんな優しそうなおじいちゃんに見えて、こんなにすごい人だったのね...。

帰りに立ち寄った本屋さんの来年の手帳コーナーで、「人生を変える手帳」とか「運命を決める手帳」なるものが流行っていることを知る。
手帳ひとつに影響受ける人生を生きている人に会ってみたいんですけど。

本日とうとう、神経内科の担当医(先日登場したのは内科の担当医)に勇気を出して初めての告白、「あ、そう言えば...、たまーに...、タバコ、吸ってるかも......。」と言ってみたところ、看護師が何事かと診察室に飛び込んでくるくらいの大声を出して驚かれた。絶対大袈裟過ぎ。先生演技派。タバコが絶対ダメだと言うなら、とっくに私死んでるはずやし!と思いません?

夜、渋谷にてベルギービールを飲むの会を開催。
生まれて初めて、ビールにシーズン物があるということを知る。今ならクリスマスビール、というものが飲み頃らしく。
普通のクリスマスビールも飲んだことないのに、今夜は、我らのビールの長が店頭には並んでいない商品(店の隅に箱が置かれていた)を発見し、裏メニューをオーダーしてくれて、素晴らしいものが飲めた。まじでびっっくりするくらいおいしかった。ビールがこんなにも美味しい飲み物だったなんて!!今までの酒人生をちょっと悔いた。。数種類飲んだけど、どれも本当に旨いのよ。詳しい銘柄とか一切覚えてないけど。ビールがまたタバコに合う合う。

先日の宣言通り、新しいデジカメを早速ゲット。
そのカメラちゃんが我が家のMacさんとうまく接続してくれるのかを実験。

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お、実験成功。
以上。

毎年恒例、超個人的新作映画ベスト10を、映画メモを見ながら考え始めるも、中々決まらず。
特に「駄作ばっかり!」っていうわけでもないけど、「これ、絶対ベスト10入り!」という程の作品が少なし。その代わり、「確かに面白かってんけど、ベスト10に入れるのもなぁ」と思われる作品多し。例、洋画だと『ネバーランド』とか、邦画だと『さよならみどりちゃん』とか。
洋・邦ともにベスト1は決まってんねんけど、邦画の方は、絶対今年はみんなこれを選ぶんだろうなー、と思うとちょっと文句をつけたくなる気もしなくもない気もする。あまのじゃく子(by奇面組)な乙女心。
ってなこと言いながら、決めたところで発表する気はさらさらないんですけどね~。

年賀状を書いていて、はたと、地元の友だちの半数近くが既婚子持ちだということに気付く。知るか。

クリスマス間近の週末に恵比須に一人で行くなんて、冷静に考えたら有り得ないんだけど、映画のためなら冷静さも見失う。ということで、ガーデンシネマにジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ(長い)監督の『ある子供』を見に行く。
この監督の作品、嫌いではないんだけれど、『ロゼッタ』は映画を見た時の自分のテンションのせいでいい思い出にはならず、『息子のまなざし』は面白いんだけど正直始まって30分位で「おっさんの後頭部はもうええわ!」と心の中で突っ込んでしまった次第。シネフィル失格。(しかも一番良いと評判の『イゴールの約束』は未見...)
なのでこの作品も周りでの高評価をよそに、若干の不安を抱きながら見る。
物語は、子供が子供を産んで、それが最悪の結果を招く、という、映画が撮られたベルギーに限らず、世界中どこにでも起こりうる(起こっている)普遍的なお話。
相変わらずの手持ちカメラと被写体の近過ぎる距離、微妙な時間軸で進む編集。いつもと同じなんだけど、何かが違う。面白い。映画の大部分を占める、主人公の少年がただ生活するためだけに動いているシーンの、その映される「生活」の選択が絶妙。少女とじゃれ合うシーンも良し。
映画に出てくる乗り物と彼の関係も、上手くできてるしグッとくる。が、そういうことを分析的に話すのは趣味じゃないので省略。

そして、主人公の少年がなぜに子供かというと、彼は権力を所有していない(しようとしない)からで、もし作品の中で彼が相手の少女にもっと横暴な手段をとったり(押し倒して黙らすとか)、仕事仲間の少年に暴力を振るっていたりしたら、彼は子供ではなくただの権力者になってしまう。そうしなかった監督の選択に賛成。そんな話は見飽きた。
で、今思ったけど、私がこの監督(たち、か)に好感を抱く理由は、あまりセックスにこだわらないからかも。
もちろん人間にとってセックスや性については重要なことだけれど、もしそれを語ったり撮ったりするなら、軽い気持ちでやっては絶対いけませぬ。上手く表現する自信がないのなら、しない方がいいのです。こっちが不愉快になるだけです。多分ダルデンヌさんたちは自覚があるのでしょう。当たり前やけど、立派なことです。

この映画を見て、気に入らない人は結構いると思う。上映後の周りの感想に聞き耳をたてていても、否定的な意見多し。みなさんまっすぐくん。
しかし、本当にろくでもなくて、こいつはほんまに死んだ方がいいんじゃないかと本気で思えるような人間は絶対にこの世に存在していて、でも、そういう人間も、一緒に泣いてくれる人がいる限り生き続けなきゃいかんのだ。多分それはとても残酷なことだけど、生まれたからにはしょうがないんや。

と、褒め殺しつつも、気になった点が一つ。
ちょっと、あまりにも「母性」を過信し過ぎのような気が。
少女に対して、出産を経験して母になりました、だけの説明じゃ私は納得できないのですが。誰かに怒られそうな発言ですが。

映画館に、サンタクロース並みに赤い服を着たタレントの勝俣(名前忘れた)がいた。びっくりするくらい目立ってた。びっくりした。

諏訪敦彦監督の『Hstory』(03年)が、一般公開されてた時の記憶がなく、普通なら絶対見に行ってるはずなのにいつのまにか見逃していたので、今回のアテネフランセの特集(「現代日本映画」)に感謝。
この映画は、諏訪監督が『二十四時間の情事』(アラン・レネ監督)のリメイクを、広島でフランス人女優と日本人俳優を使って撮影する過程を中心に、フィクションともドキュメンタリーともつかないカタチで進んでいく、一見変わったもの。その、映画を解体するとも言える手法を否定する気はない。だが...。
まず、観客を惑わすような作りに見えるけど、明らかに100%フィクションなことは明白で、そう考えた場合、決定的に物語として面白くない(ごめん)。
そして、映画を通して結局最後まで、「ヒロシマ」とフランス人女優の必然性が私にはわからなかった(原爆投下時の映像が挿入されたりするんだけどね)。なぜ03年にこの映画か、と。
今日は同時に、監督が若い頃に撮った8ミリ映画『はなされるGANG』(85年)も上映されたんだけど、こっちの作品の方が全然面白かったのよ、実は。
『はなされるGANG』も、映画の冒頭で登場人物たちが自らストーリーを説明したり、途中で撮影風景が挿入されたりしていく作品。
技術的には全然稚拙で、声もほとんどろくに聞こえないんだけど、こっちの方がなんと言うか、その時代にこの監督が撮らなきゃいけないものを撮った感じがすごくした。
『Hstory』を撮るにあたって、多分監督は色んなことをめちゃくちゃ考えたんだろうけど、映画に対して自覚的であることが、この作品は逆に映画を窮屈な世界へ連れて行ってしまっているような。映画がそこからどこにも広がっていかないから、見てても何も感じられない。監督が自分の作りたいものを自分で完結させて、それがそのまま(何の映画的奇跡も起きず)作品になっているような。
『Hstory』ではフランス人と日本人の言葉の通じ合わない関係、『はなされるGANG』では耳の聞こえない男と聞こえる女。そういう、言葉以外のコミュニケーションの描き方も、後者の方が良かったような...。なぜなら、『はなされるGANG』の方が、それが男女の関係に作用する瞬間を恥じることなく撮っているから。
そう、単純にね、『Hstory』を見て感じたのは、「そんなクールぶってかっこつけずに、もっと素直に映画作ればいいのに...」ってことなのでした。歳を重ねて色々学習するのはいいコトだと思うけれど、それが映画に対する衝動を越えてしまうと本末転倒、とでも言いますか。我ながらどうかと思う程の偉そうさですが。

まあ、久しぶりに見たベアトリス・ダルはやっぱキレイ。もっとぽっちゃりしてるイメージだったけど、細くても素敵。

上映後、なんか偉い学者さんの講演があったらしいが、映画に対して誰かの話を一方的に聞いて勉強する、ということに全く興味のない私は途中退場。こんなだからいつまでたっても成長しないのか!

その壱
昨夜の乱痴気騒ぎで一体何が起こったのか、午後起床して自分の身体を見てびっくり。足アザだらけ。で、時間が経つにつれ尾てい骨が痛くなってきてる。
もともとアザができやすい体質&酔ったらコケる癖あり(右足に軽い障害があるので当たり前と言えばそうなんですけど)で、泥酔するとたまにあることなんですが、今回は久々の快挙。冬で良かった。
その弐
昨夜の乱痴気騒ぎで一体何が起こったのか、デジカメが、確実に修理不可能なレベルでぶっ壊れてる。まぁ近々買い替えたいと思ってた&メモリーカードの中身は無事やったからいいですけど。(昨夜の写真、ほんまに一切撮った記憶のないものばかり。おもろい)
もろにHIROMIX世代の私は、常にカメラを持っていないと落ち着かないのです。明日絶対買いに行こう。(ほんまはフィルムがいいねんけど、現像代を考えるとねー)
その参
風邪をひきそうな予感がしたので、おとなしく家で鍋焼きうどんを食す。
素うどんは寂しいから具になりそうなものを探すも、賞味期限が12日過ぎた卵しか見つからず。見て見ぬフリをして食べた。美味しかったから良し。
その四
タバコが増税しますね。280円よりは300円が好きやったけど、320円になるとまたうっとおしい。やめようかな。
その五
『ゲド戦記』のスタジオジブリによる映画化、断固反対。あんな素晴らしいジェンダー観を、ロリコン丸出し会社が表現出来るわけない!誰か止めろ!!
その六
良いCMを見るとなぜかちょっと悔しくなる。が。ウィルコムのCMは中々よろしい。
その七
今思い出したけど、洗濯物を3日程干しっぱ。が、寒いから明日入れることにする。

念願の『ゆめこの大冒険』(筒井武史監督)を見に行くためアテネフランセへ。
以前から噂ばかりを聞いていて(良い噂ね)、ずっと見たい見たいと思っていた一本。
見て良かったー。めちゃくちゃ可愛いのよ、いろーんな意味で。一番惹かれたのは美術のすごさ。監督の最新作(一年前の作品ですが)『オーバードライヴ』でも、その美術というかセットへのこだわりにはびっくりした記憶があるけど、87年の時点ですでにこんなものを作っておられたのですね。いやはや。

筒井監督、というか、『オーバードライヴ』には異論反論オブジェクションがある人が多いらしいけど、私はやっぱりあの映画、というか筒井監督には否定的な批判は出来ない!というかそんな資格は私にはない!と感じてしまうので、さらっと「面白くなかった」など言ってる人と会うと、「お前ナニモンやねん!」と悪態づいてしまう。心の中で。最近は悪態づいてばっかりで疲れ気味です、まったく。

夜は、新宿にて友だちのバースデーパーティー、という名の乱痴気騒ぎ。

今日は絶対フィルムセンターに15時からの映画を見に行こう!と思ってたのに、起床したのが14時だったので断念。無念。昨夜(今朝か)の予想外の午前3時まで在日仲間とのガチンコトークが響いたか。楽しかったからいいけど。

夜は、友だちの誕生日前夜祭という名の下、お気に入りの九州料理屋へ久しぶりに足を運ぶ。
いやー、相変わらず鳥のレバーや砂肝は絶品過ぎてやばかった。ツッルツルのコッリコリ。そして生牡蠣。美味しいことは重々承知なのに、口に入れた瞬間やっぱり「おいしー!」と叫んでしまう。これがまた焼酎と合う。大人万歳。
で、本日は生まれて初めて鹿肉にチャレンジ。すごく臭みがあってクセのある味を想像してたのに、これが意外なことにとってもまろやかでクリーミーなお肉だった。食べる前は「バンビまで食べてしまう動物なのね、人間は...」なんて思ってたのに、食べ始めるとそんなことはどーでもよくなって、ただ食うのみ。旨し。
このお店はねー、ホントに美味しいから色んな人に行ってもらいたいけど、今以上混雑されるのもむかつくので、どうしても行ってみたい人は私にこっそり連絡下さい。こっそり教えます。

食わず嫌いは趣味じゃないので、とりあえず食ってみるかと『春の雪』(行定勲監督)なんかを見に行く。仕事でもないのに。偉いっしょ。

いやー、始まって数分で感じる、画面全体に漂う「とってつけた感」と見事なまでのペラペラ感。ある意味感心。
キレイな場所や衣装で、音楽も照明も撮影(リー・ビンビンよ!!)も悪くないのに。文芸作品をやるなら勉強し甲斐もあったろうに(大楠道代と若尾文子を出演させておいて!!)。
まあまず主演の2人がねぇ...。妻ちゃん(妻夫木聡)なんて、三島由紀夫の小説に最も出てこなさそうなタイプの男の子なのに。可哀相なくらいキャラにハマってない。竹内結子は(どんなに頑張ってもこの女優の魅力がわからない...)とりあえず、もうちょっと着物の着方とか身体の動きくらい勉強しようよ、と。2時間強、ひたすらこの2人を見るのは結構疲れたっす...。もっとミッチーが見たかった。

『世界の中心で愛を叫ぶ』の時は、物語自体のペッラペラ感と監督の力量がうまい具合に働いて、そんなに悪くはなかったんですが(『GO!』も然り)、さすがに今回はどこを何を褒めていいかわからず。行定さんが何を根拠にこの作品を「日本映画の進化した一つのカタチ」と仰ったのか、まじで聞きたーい。

新宿にて、我ながらびっくりするくらいの衝動買いの連打!私ってすごいかも!!

昨日の出来事の様な気がしなくもないが、一応イベントのスタートは24時だったので、今日のコトということで...。

超貴重な大学時代の友だち(女子)が経営しているレコード屋さんのオープン2周年イベントが行われるというので、準備のあれやこれやを手伝いに行く。お店そのものをクラブとして使えるように、棚を動かしたりミラーボールをつけたり。って、私は掃除機かけてただけなんですけどね。

彼女が学生時代に「レコード屋を作る!」と言い始めた時は、正直半信半疑だったけど、いつのまにやら資金を集め、レコード屋激戦区の一等地に吉岡徳仁デザインのお店を構えてしまった。そして彼女は社長としてこの2年間本当に頑張っていた。頭が上がらないことこの上なし!
今でも常に忙しそうで、会社経営は問題山積らしいが、彼女曰く「子どもを産んだ感覚」だそうで、何をしてても休みの日でもお店のことが気になって仕方ないとのこと。彼女がこれからもいい仕事ができるために、とりあえず余計な邪魔をするようなヤツら(99%男子)がこの世から早く消え去ってくれることを心の底から願います。「若い女」ってだけで、まず人間扱いされないからね、ほんまに。

それにしても。
イベント中は来客の記帳を受け付ける係をしていたのだが、お客さんたちのあまりの若さにびっくり。平均昭和60年生まれ。なんじゃそりゃ。
あ、もちろんイベント自体は盛り上がって、超素敵なパーティーでした!

まあ、年末の土曜の夜に渋谷なんかに行った私が悪いんですけど、あまりの人の多さにぐったりうんざり。なんかみんな無駄に浮き足立ってるし。文化村ル・シネマまでの道のりを、とりあえずすれ違う人全員に殺意を抱きながら早足で進む。
がしかし。
そんな荒んだ心も、『ロバと王女』(ジャック・ドゥミ監督)を見始めた途端にぶっ飛ぶ。本当に、映画が始まって終わる瞬間まで幸福一色。穴があったら入りたい程お恥ずかしいことに、この作品は初見なのですが、なぜに今まで見ていなかったのかと悲しくなる程。
もうねえ、とりあえずスクリーンに映るものが全て声をあげたくなる程美しく可愛く。特にあの棺とか、王様が座ってる白いヤツとか(何あれ?)。そして何より、カトリーヌ・ドヌーヴの信じ難い綺麗さ...。私も、ロバでも何でも被るから、あんな風に裸足で森を駆け抜けてみたいもんです。個人的には「空色のドレス」姿が一番好きでした。
もちろん、ただキレイでカワイイだけのものに満足する程純粋じゃない私を喜ばせてくれる、ブラックでクールな面も有り。(お話自体が想像以上にブラックなのはちょっとびっくりしたけど...)
ミュージカル映画を毛嫌いなんてしてたら皆さん人生損しますよ!まじで!!

お腹いっぱいの幸福感を抱えたまま、家に帰ってすぐ山田宏一氏の『友よ映画よ』を読み直して涙。

今日もせっせとフィルムセンターへ。
ユ・ヒョンモク監督『太陽はまた昇る』。
韓国の「セマウル運動」という思想にのっとって製作された作品...、らしいが、「セマウル運動」の意味が分からず。でも気にせず見る。(後に、いわゆる近代化だと教えて頂く)
相変わらずの金振奎の芝居のすごさに瞠目しつつも、あまりに現実味があるため、役柄とは言えその家父長制全開の父親像にむかついたりなんかして...。金さんには罪はないのに。
あと、映画やから大袈裟にしてるんだろうけど、どこの国もどの時代も、「いじめ」ってものは普遍的に存在するのかー、とちょっと悲しくなりました。
すごく面白く、色々興味深い作品だったのに、廊下を挟んで隣りの客たちが上映中ずーーっと喋ってたため気が散って、かなり参った。ラストの水の音のところで話すとか、ほんと人間業とは思えない無礼さ!

読むのをすっごく楽しみにしてたカタログをやっと購入するも、帰宅するとなぜか手元になく...。飲み屋かタクシーか...。

二日酔いの頭を抱え、なんとかフィルムセンターへ這って行く。なんでそんなまでして行くのか、という質問は禁止。

上映前に、監督(ユ・ヒョンモク)のご好意により突然の舞台挨拶。
60年前に勉強されたという流暢な日本語で、『殉教者』について丁寧に話される。
ところどころ聞き取れない箇所があったものの、お話をしている監督の姿を眺めてるだけで幸福になった。この瞬間この場所にいる私は本当に恵まれてるんだろうなー、なんて思いつつ、監督のサービス精神により質疑応答タイムまで飛び出して、ちょっと焦っている司会の岡田さんを眺めるのもまたよろし。
で、『殉教者』。
後日談が色々ある作品らしいが、カタログを未購入のため(明日買います...)ほとんど予備知識なく。内戦中の北で12人の(南の)牧師が殺された、という事件を巡るお話。
前半は、一つの部屋で繰り広げられるサスペンス的な盛り上がりにドキドキしまくるも、後半は、ひたすら金振奎という役者さんに釘付け。凄過ぎて何も言えず。いやー、世界にはこんな人がいたんですねぇ、ほんとに。教会での演説のシーンなんて、これでこの人が本当は神父じゃないなんて詐欺だ!と思ってしまったほど。かなり一見の価値有りです。
あと、全てのシーンのセットと細かい部分の演出にもひたすら感心感服。「やっぱり映画はこうじゃなきゃねー」と改めて感じた。手を抜くなんて、有り得ちゃいけませぬ。

伊東屋にて、ぽち袋を購入。素敵な叔母を気取るのも楽じゃないっす...。

楽しみにしていたフィルムセンターでのユ・ヒョンモク監督特集に足を運ぶ。
どんな作品かの予備知識全くなく、『金薬局の娘たち』を見る。
びっくりするくらい、しっかりどっしりの大河ドラマ。4人姉妹のそれぞれが、魅力的な役者によって演じられ、なんか久しぶりに「映画ー!」ってものを見た様な気分になる。満足。
まったく、なんで今まで隣りの国(っつーか祖国)にこんな映画が存在していたことを知らなかったのか、自分の不勉強さが恥ずかしくなります。
とにかく、出演していた女優さんがみんなめちゃくちゃキレイでびっりした。現在は整形大国と化した韓国(我ながらすごい偏見)だが、この時代(63年)はそんなこともなかろうに。
あと気になったのは、映画の中で、韓国の人たちがやたらと「運命」とか「先祖のバチが...」とか口にすることに対して、日本の人はどういう風に感じるんだろう、と。
これって設定が昔だからとかじゃなく、今でも韓国の人にとって生活の中でかなり重要なこととして扱われてるんですけどね。そんなに韓国色の強くない我が家でも、ことあるごとに怪しげな拝み屋が登場してなんやかんや拝んでいく。多分インチキ。

映画後、隣りの映画美学校に移動して、『河の恋人』(杉田協士監督)の試写。の前に、ご立腹のおすぎ。
この映画は完成前に断片的には見ていたけれど、通しで見るのは初めて。監督と自分以外の人と見るのも初めて。色んな意味でドキドキしながらスクリーンを眺めるも、上映後は色んな意味で安心。
後の飲み会で、カッコメン俳優眞島秀和さんを目の前にして緊張するも、気がつけば彼にグラスを片付けさせてた自分が恐ろしい。

原作の小説を読んでから「映画化したら絶対見に行こう!」と思ってたのに、なぜか公開してからだいぶ経つのにずるずる見逃してた『空中庭園』(豊田利晃監督)をやっと見に行く。いつのまにやら東中野。

いやー、びっくりするくらい、ちゃんとしたホラー映画だった。が、今気付いたけど、「家族」をテーマにした映画がホラー以外になるわけないか。

脚本を、原作の群像劇風のものからひとつの物語にまとめたのは中々よろしい、と思いながら見始めるも、前半はあまりにも監督の演出のテクニックの上手さ(上手過ぎさ!)が目立ち、結局お話の軸というか、中心が何なのかぼんやりしてしまってて、「これはちょっともったいないなー」と感じてしまった。(カメラが揺れるの、効果的だとは思うけど、ちょっと酔った)
けれど!後半の自宅での誕生日パーティーの場面からキョン2の芝居のすごさがそんなことを帳消しにする。私の「最近の日本映画、後半ぐずぐず過ぎ」論が久しぶりに覆された。
まあ、「結局母親のトラウマかい!」と突っ込みたい気がなくはないけど、それでもいいか、と思える程の熱演。こんな立派な役者さんだとは思ってなかったです、小泉今日子。肌もキレイに映ってたし(実はかなり危惧してたのよね...)。
ガツドル・ソニンも良かった。鈴木杏も、想像してたより良かった。
内容的には、最後母親がドアを開けた時、誰もいなかった、くらいの怖さがあっても面白かったな、なんて考える救いのない私。
あと、あんな韓国の現代マンションみたいなのが日本にもあるんだ!と驚いた。

事情が事情でしょうけど、稀に見るスタッフへのインタビューが充実したパンフレット。こういうのもたまにはいいね。

みなさん、世の中って捨てたもんじゃないですよ!

私の昨日の日記を読んで、あまりに不憫に思った御方が、わざわざ我が家の窓拭きをしにきて下さる。ありがたや~。
やっぱり一家に一人は男手が必要ね!ってことで、「私に彼氏が出来るまでの我慢だから...」なんて言いながら、今となれば「あ、換気扇とエアコンのフィルター掃除も頼めばよかった!」なんて思ってる私に当分彼氏なんてできないでしょう...。

手伝ってくれたお礼、と称しながら近所で酒を飲みつつ、これから私たちがやるべきことについてダラダラと話をする。
結論、脱資本主義!が、そのためには資金がいる!ってことで、どこかにお金転がってないかにゃ~、と。父親曰く「東京には金が落ちてる...」らしいけど、私には見えないっす。

夜、ソファでうたた寝をしてる時に、すごくおかしな夢を見た。
そんなに仲が良かったわけでもない大学の頃の知人から突然電話があり、延々と台湾のドキュメンタリー映画『生命(いのち)ー希望の贈り物』についての感想を聞かされる、というもの。(その感想は現実には私のもの)
確かにすごくいい映画だけれど、なぜ今そんなカタチで夢に現れるのか。脳って不思議。

日曜日は掃除の日、と決めてるんですが、12月になったことやし、そろそろ大掃除を部分的に開始しようかな、と。
気合いを入れて、一人暮らしには無駄に広いと思われる我が家のフローリングの拭き掃除に着手するも、拭いたそばから御猫様がトイレの砂をまき散らすは灰皿の中身をぶちまけるはで、私のやる気をそいで下さったので即中止。
気分を変えて窓拭きに取りかかるも、外側寒過ぎるは高い部分を磨こうとして背伸びしたら足がつるは、しかもその足をマッサージしてたら手の指までつる始末で、自分のカルシウム&ビタミンB不足にちょっと本気で涙が出そうだったので、とりあえず大掃除自体を中断。
今後、身体を鍛え直して大掃除に再挑戦するか、ダスキンに委託するか、天使と悪魔が私の中で闘争中。

役者をやっている友だちに誘われ、下高井戸に演劇を見に行く。
といっても、飲み屋の一部を利用した小さな舞台で、観客は満杯になっても20人が限界ってくらいの小規模なもの。タイトルは『宇田川と八日市屋』。それぞれ別の劇団に所属している人たちが集まって出来ているユニットで、ひとつの劇団というわけではないらしい。よって劇団名はなし。詳細は不明。

内容は、小さなストーリーがオムニバスでぽんぽん演じられるカタチなので、何か「物語」があるわけではない。
出ている人にもスタッフにも全く知り合いがいないので、完全に客観的な目で見るも、中々面白かった。笑えた。

が、最近の私の気になるテーマの一つである、「演劇」と「コント」の違いについてまさに当てはまってしまったため、ちょっと余計なことを考えながら見てしまった。(ここでいう「コント」とは、いわゆる最近のお笑い芸人がテレビやライブでやる様なコントね)

この頃小劇場的な演劇を見る度に「このドラマの不在はなんなんだ??」という疑問が頭に浮かんで仕方ない。とりあえず笑えるんだけど、それだけ。
演劇の中に「笑い」が必須である、という意識を浸透させたのは松尾スズキだと私は思うのだが(それをメジャーにしたという点で、宮沢章夫よりもやはり強い)、彼の作る舞台には、勿論ドラマが存在する。しかもびっくりするくらい面白いドラマが。最近の人たちは彼から影響を受ける部分をビミョーに間違っている気がする。

ドラマ不在の笑いの扱いについて、『運命じゃない人』について書いた時にも怒りまくったので、これは演劇に限らず映画についても言えることなんだけど、「笑い」はドラマの中に不可欠なものではなく、ドラマの中で偶発的に現れるものなのだと思うのですよ。(ついでに言うと、最近の映画作りに携わる人も、他の映画からの影響の受け方を間違っている場合多し)
「笑い」ありきで考えるなら、演劇とも映画とも呼ばずに、コントと呼んで頂きたい(モチのロンそこに優劣はないですよ)。そしてそれなら、中途半端な笑いはやめて頂きたい。

そしてやっぱり「演劇」「映画」「ドラマ」「笑い」とくると、松本人志に辿り着いてしまう、ダウンタウン信者の悲しいサガ。
彼は「とかげのおっさん」というコントで、コントの中から偶発的にドラマを生む、という奇跡を起こしてしまった。あれほど笑えて泣けるドラマを私は知らない。

ずっと見たかった『イン・ハー・シューズ』(カーティス・ハンソン監督)をやっと新宿にて。

もー、自分でもどうかと思うくらい、監督が考える「泣かせポイント」でことごとく号泣。ラスト30分なんて、久しぶりに涙で霞んでスクリーンがよく見えませんでした...。歳のせいで涙もろくなったとでも言うのか。
いちいちのエピソードがうまいし、女優たちの演技がいいしで、結構長い作品なんですが、最後まで思いっきり引っ張られた。
まあ、年齢的にも設定的にも、姉妹と家族を巡る物語ってのが個人的にハマりやすいっていう理由もかなりでかいとは感じるけど(そして、「姉妹なんてこんな美しいものじゃない!」と叫びたくもなるけど)、フツーに見てもとてもいい映画だと思います。
単純に、キャメロン・ディアスを眺めるためだけでも価値のある映画かも。あの笑顔のかわいさと膝下の長さは、ホントーに人間業じゃない。何かが起こってしまっている。すご過ぎ。私も明日から下瞼のアイラインはマストで。

それにしてもこの監督は『L・Aコンフィデンシャル』『8Mile』と、全然種類の違う作品を本当に気持ち良い具合に上手く撮るねぇ。改めて感心。

余談だけど、タイトルからして明らかに『セックス・アンド・ザ・シティ』の影響がでかいんだけど(内容的にも)、きちんと物語のポイントとなるところでドラマを小道具として使っていた。なんか素敵。

久しぶりに会った知人の希望で浅草まで電気ブランを飲みに行く。
お酒の味はよくわからんかったけど、夜の浅草も中々よろしい。

11月20日の日記でお知らせした、ジュエリーデザイナー任梨紗さんの展示販売会に行くため、日本橋三越へ足を運ぶ。

今回も、期待通り素敵な作品がいっぱい。
本当に他ではない不思議なデザインと存在感のあるジュエリーで、一見奇抜なようだけど、身につけるとしっくりくる。どれもこれも欲しくなって、どれもこれも買ってしまいました...。
でも、こうして年に数回行われる販売会で作品を購入し、手元にだんだん彼女の作品が増えていくことが私の人生の楽しみのひとつだったりするので、こういうお金の使い方は幸せ。

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ゲットした作品たち。ちと分かりにくいですが...。
実物を見ることをお勧めします。12月5日までやっているので皆さん是非。

彼女が仕事終えるのを待ち、2人で日本橋のオサレなビルで丸の内のOL気取ってご飯を食べるも、会話の内容があまりにも新宿ノリな自分たちに呆れる...。完敗。