劇場映画は10年ぶりとのことで既に聰互時代の記憶も怪しい状態になりつつあるまま石井岳龍監督『生きてるものはいないのか』 を見てみました。原作は五反田団の前田司郎氏の戯曲とのことですが、そちらは未見。
不条理とも不謹慎とも本気ともギャグともとれる内容は、めっちゃ頑張ってエイリアンやら宇宙人やらを仕込んで人を殺すことに必死になってる最近のハリウッド映画に半笑いで喧嘩を売ってるようで、私は嫌いではなかった。山田太一先生がコメントしてるのは意外でしたが。がしかし、いかにも小劇場演劇っぽい(という勝手なイメージ)深刻な話のはずがいつのまにか脱線しまくってなんか笑えることになってる的会話が延々と続くという設定が映画に適しているかどうかは、だいぶ微妙だなと思ってしまった。会話劇でもなくドラマがあるわけでもなく、ポンポンとカメラを切り返ったり長回しってみたりおかしな音をつけてみたり色々工夫はされていたが、途中で飽きた(この内容で113分は長い)。そこからのラストへの展開が盛り上がるってのはわかるんだけど。
銃を使わず人を殺してみせる映画と言えば『ハプニング』を思い出しますが、色々比べて考えてみるとるとちょっと面白いかもしれない(でも面倒だから考えない)。

と映画館を出たところでばったり某監督さんと遭遇、やあやあちょっとビールでもと飲み屋に入り、無事終電前にはお別れしたはずなのに、私がべろべろで家に着いた頃(朝の8時)には大雪でびっくり。

そう言えばこの作品ってアカデミー賞に全然擦ってないのね、スティーヴン・ダルドリー監督『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』 。前から真面目さが退屈さにしか感じられない気がしてあんまり得意な監督さんじゃなかったけど、今回もやっぱり。
いや911テロで父親を亡くした少年の物語、真面目で当然やしそりゃ辛くて大変な人生だとは思うけど、主人公の少年のあまりに自分勝手でワガママで父親と自分以外を信じない性格についイライラしてしまい、いくらドラマチックな出来事に見舞われようと別にお前の今までとこれからの人生に興味ないし、ってつい。管理人との口汚いやりとりとかが全然笑えないの。こいつが張り切ってひとりで頑張ってるつもりの冒険が実は母親のお膳立てのもと成立していたというオチはちょっと爽快やったけど、多分そういう風に見るためには作られてない。
ここまでがっつり911の映像を使って語るわりにはその体験が彼にとって何だったのかってことが父子関係にしか向いてなくて、最終的に人はみんな父親の息子という話なら、口をきかない父親とトム・ハンクスの父子関係の方が物語として気になる。可哀想な子どもは守ってあげよう!って話なら、知ってる。脚本は一応エリック・ロスさんだそうですが。
しかし私には以前からサンドラ・ブロックという女優がゴツい男が女装した姿にしか見えないんだけど、みなさんにはちゃんと女性として映ってるのでしょうか。

しかし帰りにふらっと立ち寄った服屋さんで店員の男の子から本気で泣きそうな顔して「僕、今日ほんとにいいお客さんに当たってないんですよ...」と言われついたいして欲しくもないTシャツを買ってしまった私は多分監督さんくらいいい人なんだと思う。

結局ずるずると『アンチクライスト』は見逃したまんま、ラース・フォン・トリアー監督『メランコリア』を見てみたんですけど、これは、鬱病あがりのおっさんがちょっと悪ふざけして作ったトンデモ映画ってことでいいんですよね。
冒頭の数カット、まさかこれを135分間やるんじゃないだろうなとの危惧は回避されたものの、その後も「まあ姉妹揃って鬱病やからとりあえず一回病院行ってみれば」って話を終末論にまでもっていく大袈裟さにどうかと思いつつ、ゴルフ場のど真ん中で花嫁の逆レイプとか怖過ぎるおかん(シャーロット・ランプリング)とか『ツリー・オブ・ライフ』よりは冗談が効いてたのでそんなに怒る気にもならず。相変わらずのドグマ的カメラには酔いそうになってしまったけど。全作品を見てるわけじゃないけどラース監督の、ドSと見せかけて実はドMな性格はえらくわかりやすくなってた気がしました。
今作でカンヌ女優賞を受賞したキルスティンちゃんはやっぱり可愛く、こんなわけわからん役を美しいヌード(裸体が出たときの音楽も笑った)と共に大変素晴らしく演じておられ、惚れ直しました。後半ほとんどお婆さんみたいになってましたが。シャルロット・ゲンズブールとこれっぽっちも姉妹に見えないってのもギャグと捉えていいんですよね。

帰りに立ち寄った呑み屋で隣のおじさんが気前よくがんがんビール奢ってくれるもんやからがんがんご馳走になってたら帰り際にぼそっと「君の彼氏大変だねえ...」って言われた。でしょうね。

ガーデンシネマさんがなくなってからすっかりご無沙汰の恵比寿に久しぶりに向かい、開催中の第4回恵比寿映像祭 にて上映された、濱口竜介、酒井耕監督『なみのおと』を鑑賞してまいりました。
パンフレットの説明によると「東北大震災を忘れないため、映像により証言を記録する試み」とのことですが、映画の中にあの震災を具体的に思い出させるような街の映像やわかりやすい説明は一切なし。映されるのはただ被災したらしい姉妹や仕事仲間たちの会話、なんだけど、これがドキュメンタリー映画ではあまり見たことのないような真正面からの切り返しの連続で展開されるものだからちょっとびっくり(撮影のからくりは上映後のQ&Aで聞いて納得)、連れがいなくひとりで登場される方の話相手は監督たちでその監督たちの顔まで真正面から映るもんだからだいぶびっくり。みんなの顔から発せられる声の、これがまだ『なみのおと』で、次回作『なみのこえ』を準備中とのこと、大変楽しみ。
辛くて悲惨な体験談なはずなのに場内には笑いが起こることもしばしばあって、先に見た友人から「これを見たら結婚したくなるよ」と言われてたんだけど、その理由が少しわかった。ぼんちおさむ似のお父さんが情けないけどかわいーの。あと、ウチの姉妹もいい加減仲良くしなきゃなあと反省した。紙芝居の少女の名前はよしこ。

帰り恵比寿駅で突然、見知らぬジンガイに「100円チョーダイ!」と言われてびっくりし過ぎて「はい」って渡してしまったんだけど、何あれ。

にゃんにゃんにゃんの本日はぽんちゃんの百箇日なので、もちろんみんなでお祈りしましょう。

へええ監督さんが1986年生まれねえとちょっと気になってしまい、奥田庸介監督『東京プレイボーイクラブ』を見に行ってみたら、これが中々面白くて。予告のイメージで勝手に川村元気的チャラい映画を想像してたんですが、ナメてかかって失礼しましたって言いたくなるくらいきちんとした映画でございました。最近めっきり日本映画を見る体力がなくなってきてたのですが、これはオススメ。
関東の場末の中途半端なヤクザたちの中途半端なゴタゴタを、舞台が歌舞伎町とか渋谷じゃなく赤羽ってのが丁度よくて、ワルぶった脚本が空回りしてない感じがよかった。96分サクサク進む中でのどーでもいいキャッチの男と客とのやりとりとかガールズトークとも呼べないような風俗嬢のアホな会話(あのピーチ・ジョンのスリップ、私も持ってる)もちゃんと笑えて。不親切な程暗い室内の明かりも好みだった。個人的にどーしても大森南朋が突然暴れ出すような狂犬キャラと思い込めるほど悪い男に見えないってのが前提として引っ掛かるものの、赤羽だからまあいいのか。男に浮気され体を売られ最終的に酷いことになるという臼田あさ美ちゃんがちょっと可哀想過ぎるかなとも思ったけど、まあ仕方ないのか。キャスター椅子に縛られたまま右往左往する光石研さんが素敵過ぎました。
途中、うわこれめっちゃウチの近所!と思える場所が出てきたんだけど、こんなとこまで撮影来ないか。

最近起き抜けにTVをつけると流れてるあさげのCMのコピー、夜の女たちに喧嘩売ってんのかと苦情の電話かけたくなるのでやめてほしい。見通し暗くて悪かったな。

ってそんなことばっかぶつぶつ呟いてる馬鹿だからなのか、作家として名前くらいは知ってるけれども映画作品を見たことがなかったマルグリット・デュラス、本日のアテネフランセさんで初体験させて頂きました。行ってみたらばほぼ満席で、そんな人気監督だとの認識もなかったもんでびっくり。
で『インディア・ソング』(74年)と『ヴェネツィア時代の彼女の名前』(76年)を二本続けて鑑賞したのですが、これは二本セットで見るようにはじめから作られた映画たちなのか、インディア後のアイディアでヴェネツィアが生まれたのか。両作とも120分間違う映像が映し出されるけどDVDのコメンタリーのようなどこからか誰のものなのかかもわからない音声や音はまったく同じ。インドにあるらしいフランス大使館が舞台であることは共通してるんだけど、じわじわと現れる人物が存在する室内と廃墟となった建物と、そこで響く光や音や乞食女の笑い声の怖いくらい美しいこと。いやあ睡魔の襲撃にも負けず4時間続けて感動した。副領事が童貞なことをそこまでネタにしなくてもとちょっと可哀想になってしまったけど。
おかしなタイミングで流れる陽気な音楽にも心打たれたけど、この「インディア・ソング」という曲がやたらとエロくて、妙にドキドキしてしまったのは私だけなのだろうか。
見ながら、あああの作品はこれに影響を受けてたのかと幾つも思い浮かぶ映画があっただけに、今更過ぎる自分を恥じた次第。

予告を見てちょっと気になったマイク・ミルズ監督『人生はビギナーズ』を見に行ったバルト9さんの、今頃当日券の販売を全部機械化する意味はよくわからない。
44年間連れ添った妻が死んで5年後、75歳で突然ゲイだとカミングアウトし癌で死ぬまでの数年感をエンジョイした父と困惑するひとり息子、という内容から勝手にゲイにまつわる感動コメディ映画を想像してたら、それはあくまで思い出として語られるだけで、メインは冴えない大人のシンプルなラブストーリーであった。お話のほとんどが監督自身の実話ということでそう簡単に笑い話にできないんだろうけど。もちろん父親が息を引き取るシーンでは号泣、もしかしてぽんちゃんもゲイだったのかしらと思ったけれど、貰ったときから去勢してた。
映画の雰囲気とか流れる音楽とか、最近のウディ・アレン深刻版かと考えると色々納得、可愛らしくていい映画だったけどそこもアレンらしく90分くらいにまとめてくれたらもっと良かった。主演のふたりがそれまではいい感じだったのに同棲を始めてからぎくしゃくし出す下り、そんなもん今更映画で見せられたくないし、十代ならまだしも38歳の独身男が自分が女性と上手く付き合えない理由を母親のトラウマに押し付ける回想シーンも要らないんじゃなかったかしら。しつこいくらい、人の考えなんて時間が経てば変わるもんだと説明押しでいくのは全然いいと思ったんだけど。
ユアン・マクレガーのダメな感じもよかったし、メラニー・ロランちゃんのボサボサ頭もめちゃくちゃ可愛かったんだけど、今回はアーサー(ドッグ)にやられた。こいつのつぶやきがたまらないのと、みんなが彼を捜すワンカットだけでいい映画だなと思ってしまいました。

あああ〜、デヴィット・フィンチャー監督『ドラゴン・タトゥーの女』をようやく。ベストセラーらしい原作も先に映画化された作品もまったく知らず、とりあえず期待だけを胸に見てみた結果、レイプするような男は殺されるか自分もケツに突っ込まれるかするのは当然だよねって感じで、面白かった。この映画見たらタトゥー入れたくなるのかしらと事前に素敵な彫り師さんまで紹介してもらってたのに、むしろ女は男の体に彫ってなんぼだったのね。あと、禁煙禁止。
なんやろ、『ソーシャル・ネットワーク』のときの様な「うわあ凄い!」という感動はなかったし、複雑な人間関係は横文字の名前が覚えられずミステリーの謎を追うことは途中で放棄してしまったけれど、明らかに158分間退屈せずに見られて。多分何度か見直すとなんでそんなことができてるのか細かい理由がわかりそうな気がする、けど今は全然わかんないので、以下雑文。
タトゥー姐さん(©中原昌也)、過激なビジュアルに似合わず意外とシャイな会社員という設定にはちょっとびっくりしたけど、ハードなトラウマを抱えたキチガイ女がただのメンヘル女に成り下がらないのはスウェーデンが舞台とは言えさすがアメリカ映画だなあと感動しました。エスカレーターを滑り落ちる姿が素敵でした。
何かと拷問されがち且つ組織的なものに追われがち俳優のダニエル・クレイグは今回も、追ってたはずがいつの間にか追われ、拷問され、耐えていた。何をやってもユーモアさのない雰囲気が今イチ好きになれないんだけど、あまりに真面目な顔で「ファックミー!」言うもんやから、笑えた。
ただあまりに切ない終り方だったので、なんとしてでも2に続けてタトゥ―姐さんには幸せになってほしい。名前もつけてもらえないうちに殺されてしまった猫だけが心残り。

平日の夕方、お上品なおばさまたちに紛れてアラン・レネ監督最新作『風にそよぐ草』を見たんですがね、何これ。アラン・レネってもっとかしこ系の監督さんじゃなかったの。こんな男性の股間のアップ、ファレリー兄弟の映画以外で久しぶりに見たんだけど。風にそよいでるの雑草ばっかりやし。
昨日のカーチス師匠同様元気なじいさんが主人公なものの、こいつが見知らぬ女の手帖を拾ったことから始まる激し過ぎる思い込みに、ちょっと頭おかしいって設定なのかなと思ったら周りの人間もみんななんかおかしい。映画も、サスペンスかと思ったらコメディかと思ったらメロドラマかと思ったら、エリック・ゴーティエのカメラが楽しそうに動き回る。お年寄りはわざわざロボットに入れなくても十分元気で安心しました。途中からもう面白くて仕方なくてゲラゲラ笑ってしまったけど、周りのお客さんたちがどう感じてたかは微妙。相変わらずマチューはかっこよくて、エマニュエル・ドゥヴォスは骨太(イメージ)だった。
予告ではイオセリアーニ様の新作が流れるし、飛行機に乗って飛んでいったり人魚になって泳いでいったり、ヨーロッパにはおじいちゃん監督が元気になる薬でも売ってるのかしら。

の前にせっかく神保町に来たんだからもちろん東京堂書店で開催中の「港の人」全点フェアをチェック。本屋のカバーは断る派の私にとってはたまらない、美しい本ばかりで楽しかった。

まあ確かにマキノ体験の翌日についレディースデーだからいいかと矢口史靖監督『ロボジー』なんかを見に行った私が悪いとは思うんですけど、終始こんなかったるいもん見せやがってとイライラしてしまったのでした。
って言うか、高性能ロボットの中に実は老人入ってたらおもしろくない?という出オチ的ギャグ以外特に面白いことが起こるわけでなく、こんな老人差別めいたネタに頑固なワガママじいさんとしてミッキー亭カーチス師匠を使う時点で許せないんだけど。若者たちの自分勝手極まりない思惑に付き合って、人気ロボットとしてだんだん調子に乗るんではなく、ふざけるなと吉高由里子を押し倒すくらいの暴走を見せてくれたらまだ笑えたのに、最終的に仲間意識でみんな仲良しって、こういうのがいいのかね。単純に脚本にボロがあり過ぎて(日本のロボット界がこんな低レベルなわけなかろうに)観客やお年寄りをバカにするにも程があるのはもちろん、これ以上ないレベルで個人的且つ生理的なことだけど、濱田岳という役者さんのピアスの穴が心底私をイラっとさせるのもよくなかった(最近流れてる車のCMマジ無理)。
唯一の心の支えであった由里子クンもほんとにただのロボットおたくのキチガイ扱いで残念、エンディングに流れる五十嵐信次郎とシルバー人材センター(この名前もどうだか)の歌だけはかっこよかった。

の前に某ホテルの高級マッサージに行ったんですけど、そこでも腕の小さいタトゥーに対して「他のお客様にご迷惑が...」とか言われて。行動した分日本のぱっぱらぱーさを憂いてしまった第三水曜日

2月14日はもちろん次郎長親分のお誕生日ですよね、ってことで(今朝知ったけど)いそいそとシネマヴェーラさんの「次郎長三国志&マキノレアもの傑作選!」に向かいました。
結構見てるつもりだけどそれ以上に作品が多過ぎてタイトルと内容が一向に一致しない次郎長シリーズ、今日上映された『次郎長三国志 第四部 勢揃い清水港』(53年)も、知ってるような初めてなような、でもニュープリントだし次郎長親分は相変わらずかっこいいし、不勉強な私はひとりひとり役者さんの名前までわからなかったけど脇の登場人物もほんとすごくて、とにかくラストのワッショイが、意味わからんけど素敵過ぎるからなんでもいいや〜とまったく建設的な意見は言えないものの、とりあえず幸せな気分になったからいいや。私の密かな夢は、好きなお笑い芸人を総出演させて次郎長をリメイクすることです。
初めて見た『悪名一番勝負』(69年)も、面白過ぎる以外特に言うことはないんですけど、勝新演じる男に強くて女に弱いやくざにうっとり、普段は苦手な河内弁すらかっこよく聞こえる不思議。最後死ぬのかなと思ったら普通に元気だったのもよかった。最近の小顔至上主義な芸能界は、勝新の高級つくねみたいな肉厚感溢れる顔面のかっこよさをもっと知った方がいいんじゃないかと思った。それにしても、この頃から2011年の最新作まで可愛さが変わらない大楠道代ってなんなんだ(と気になってウィキペディアを見てみて、最後の一文ヒドい)。
と、次郎長か勝新かなんて選べない〜と悶々とするある意味幸せなバレンタインでした。

『ピザボーイ』のプロデューサーも務めるベン・スティラー主演最新作となれば見逃すわけにはいかぬとかなり期待してブレット・ラトナー監督『ペントハウス』を平日の午後シネコンに見に行ってみたらほぼ満席でちょっとびっくりしたり、映画の出来が微妙過ぎてひとり困惑したり。
マンハッタンにそびえる超高級マンションのマネージャーであるベン・スティラーの、彼の正義感だけを頼りに、悪い金持ちをとっちめるというお話は別にいいと思うし最終的に労働者たちが勝利するラストも爽快だったのだけれど、バリバリのコメディかと思っていたらそんなことはなく、会話の下ネタ率がやや高い以外はかなり真面目な犯罪もので、でもメインの強盗計画は冗談としか思えないユルさで(でもやってることは派手)、どこまで本気で何がしたいのか掴み切れないまま104分間が過ぎていった。久しぶりのエディ・マーフィもほとんど活躍しないし。決してつまんないわけじゃないけど決して面白くもない、ジャッキーがハリウッドで成功できなかったのも納得の映画でございました(『ラッシュアワー』の監督さん)。
破産宣告されてマンションを追い出される役をサラ・ジェシカ・パーカーの夫であるマシュー・ブロデリックが演じてるのは一応気の利いたジョークなのだろうか。プレシャスちゃんが活躍してたのと、アメリカ人におけるスヌーピーの存在の大きさを知れたことは嬉しかったです。

本気で明日がバレンタインだということを忘れてうっかりデパ地下に行って、本気で窒息死するかと思った。あの戦場っぷり男の人は知ってるのかな。

世間では大好評だったらしい監督のデビュー作『チェイサー』にはまったく乗れなかった私、今回もどうなんだろうと半信半疑でナ・ホンジン監督『哀しき獣』 を見てみたら、そこまで悪くないじゃないのと思ってしまったのは、頭で考えて作りました感がダダ漏れだった前作に比べ、とにかく隙あらば全力疾走する男たち、ぶつかり合う車たち、ばんばん割れるガラスたち、ぶすぶす刺さる包丁たち(がんがん人が死んでいくけどほとんど拳銃は出てこない)の全てにたいした意味がなくて、終盤には主人公だったはずの男まで出番を脇役に乗っ取られる始末で、こいつらなんのためにこんな派手なことやってんねんとちょっと笑えたからかもしれない。酔いそうな手持ちカメラとガチャガチャした編集に根本的に賛成できないという問題は置いといて(もちろんもっとうまく撮ってれば傑作になっただろうにと思わずにはいられない)。お話の鍵となる中国に生きる朝鮮族のことは、恥ずかしながらほとんど知識がなく反省したんだけど、 その朝鮮族の一番のワルの重要アイテムが斧ってのがまた笑えて。斧がなければ牛の骨で殴り殺す朝鮮人、ひどいやっちゃ。
最終章で、悪い癖なのかまた無理矢理にでも話しを上手にまとめてしまったのがつまらない。そして『チェイサー』のときもびっくりしたけど、見てて「韓国さん大丈夫なの?」と不安になるくらい警察が馬鹿過ぎるのは一体何なんだろう。でもこんな派手なカーアクションを街中で撮らせてくれる韓国はいいところ。主演俳優、あら西村晋也監督韓流デビューと思ったら、ハ・ジョンウだった。役者はみんな良かった。

『トイ・ストーリー3』をベスト1に挙げたタランティーノを信頼してるので結構楽しみにして臨んだんですがテヴィット・ミショッド監督『アニマル・キングダム』 、アメリカ映画かと思っていたらオーストラリア映画で、だからってわけじゃないんだけど、犯罪映画にしては全体的になんか野暮ったく感じてしまって。
一家団欒の場でクスリをやる犯罪一家、ポリスたちも好きなように暴れ放題と、勝手に抱いてたオーストラリアのコアラ的イメージはだいぶ裏切られ悪いヤツらが悪いことしてるってのは伝わるものの、どうも役者の顔が弱くて、人殺しもいとわないワルにしては小物のチンピラが逮捕されることにビビって右往左往してるだけにしか見えない。出来事に身を任せることしかできない主人公の青年のでくの坊感はとても良かったけど。後半、それまでおとなしかった一族を仕切るビッチなゴッドおばあちゃんが獄中の息子を助けるため行動しだしてからの方が俄然盛り上がる、にしてももっとクレイジーになってもいいんじゃないのと思ってしまったけど。
監督さんは『メタルヘッド』の脚本家だそうで、日常の中に平然と存在する狂気、みたいなものを描きたい方なんだろうけど今回はちょっと気合い入れ過ぎて空回り感あり。ホームレスメタルくらいのゆるさが好みでした。

めちゃくちゃ楽しみにしていたクリント・イーストウッド監督『J・エドガー』をやっと見たんですがね、やっぱり池袋は映画を見るのには向いてない場所かもしれない。とにかく隣の若者の自宅感覚な振る舞いが半端なく集中力削がれまくり、それでもさすがのイーストウッド先生で十分感動したんですけど。最近一番笑ったのは、某恐怖監督の『ヒアアフター』に不満な理由が「霊媒をわかっていない」だったことです。
それはともかく。エドガーではぴんとこないしフーバーと言われてようやくなんとなく知ってる程度のFBI初代長官知識での挑戦だったので話しについていけるかあまり自信はなかったのですが、まさかこんなに切ない恋愛映画だったとは。とにかくディカプリオと双子くん(違うけど)が出会った瞬間からふたりの姿しか目に入らなくなって、というかそれ以外のことがあまりにも速いもんだからついていくのにいっぱいいっぱい、なんとかラブストーリーの要素だけは拾えたけどという感じがなくもない。ハンカチのやりとりとかホテルでの喧嘩とか、美しい男同士にこんなことやられてときめくなって方が難しい話しだけどさ。
冒頭から老けメイクのディカプリオ、ちょっと声が高過ぎるなと思ってしまったけどすぐに慣れたからまあ良し。最近のマット・デイモンばりに名前の存在感を消せてたナオミ・ワッツが素晴らしかった。双子くん(アーミー・ハマー)は現実にもエドガーの標的にされるくらい有力なお家柄の御子息だそうで、確かに貧乏人からこの顔は生まれないわなと納得できた。マザコンのキチガイの権力者、って、石原慎太郎を映画化してもどうにもならないんだろうなあ。

関係者でもなんでもないのにしゃあしゃあと試写室に潜り込んで井川耕一郎監督『糸の切れた凧 渡辺護が語る渡辺護』を拝見。
渡辺護という、1965年デビュー以降300本以上映画を撮られてる大ベテラン監督についてのドキュメンタリー映画、だけれども、不勉強な私は渡辺監督の映画を見たことがなく。そんなことでこの映画についていけるのかしらと見る前はだいぶ不安だったのですが、そんな失礼な人間にも十分楽しめる作品でした。面白かった。
122分の大半は、渡辺監督が井川監督の質問に対してタイトル通りご自身のことをずーっとお話してるという内容なんだけど、戦前の幼少時代から空襲体験、初めて助監督についたときのことやデビュー作撮影当時の話しなんかが監督のサービス精神もあり聞いてて全然飽きない、笑える。渡辺監督がいかにプレイボーイだったかとか、衣笠貞之助『雪之丞変化』の細かいカット割とか。監督の処女作『あばずれ』が今は見れる方法がないことがなんとも残念。しかし終始にこやかにお話してる監督のお姿を見てすっかり気の優しいおじいちゃんと思ったところに、終盤少し挟まれる撮影風景での鬼監督っぷりに背筋が凍る。本気で「大根!」と罵られるなんて、私には女優なんて無理。
今作は第一部ということで、以下監督によるピンク映画史や自作解説という内容で十部まで続くそうです。まとめてみるのは大変そうだけど、完成する度見続けていきたい。

打ち上げにもいらした渡辺監督が映画のことをさらっとシャシンとおっしゃってて、なんか感動した。

↑2並んだ。
本日も、私のためみたいなプログラムをありがとうシネマヴェーラさんと極寒の中「柄本明の流儀。」特集に向かい、昨年のフィルメックスで見逃していた相米慎二監督『セーラー服と機関銃』(81年)とまったく初見の池田敏春監督『鍵 THE KEY』(97年)という中々ヘビーな二本立てにチャレンジ。満席ぐらいなるのかなと思ったけどそうでもなかった。
スクリーン初体験の『セーラー服〜』は、改めて、十代のアイドルをコンクリート漬けにしたりレイプ未遂に遭わせたりおっさん俳優とキスさせたり、今なら確実に犯罪レベルなことやってるなあと呆れながら、ぐずぐずと泣いた。私も一応組長の端くれだけどこんな素敵な手下たちはいない。三国連太郎が出てくるシーンが自分の記憶以上にルパンだったことに驚き、渡瀬恒彦の立派なM字額に驚き、柄本明の最低な奴なのに泣かせる芝居に驚き。
谷崎潤一郎を川島なお美か...とちょっと半信半疑だった『鍵』も、エロくて不気味で情けない谷崎的主人公を演じる柄本明の芝居が完璧に期待を裏切らない仕事だったのはもちろん、川島なお美までがだんだん良く見えてくる映画マジックに引っ掛かった。やっぱり色白の女性の裸は美しいねえ。大雪の中に現れる大沢樹生、邸宅の中に突然のどしゃぶり、文芸作品からはみ出る過剰さがかっこよかったです。最近見ないなと思っていた辻香緒里がこんな映画に出ていたのは意外だった(と思ってちょっと調べてみたらいつのまにか童子-Tの嫁になってたとは)。

ほんとは別の映画目的で渋谷に出たんだけれど今日が映画の日だなんてまったく意識になくて、上映10分前にシネコンに着いたらまんまと満席、慌てて近くの劇場ですぐに見れる作品を探した結果、板尾創路監督『月光ノ仮面』に辿りつきました。ちょっと気になってた作品だから別によかったんですけど。お話のベースは有名な古典落語「粗忽長屋」、だそうですが、それについては全然知らない。
富士山をバックに西部劇のような荒野からゆっくりと現れる男、このファーストカットに浅野忠信が出演って板尾監督まさかの『ココロ、オドル』かと一瞬めっちゃテンションがあがり、後々それはさすがに期待し過ぎたかと思うものの、最近のその辺の邦画なんかより全然まともで立派な映画だと感心させられました。堤幸彦監督が「盗みたいカットばかりだ!」とコメントしてはりますが、素直に盗んだ方がいいと思います。
主演の板尾が最初から最後までまともな台詞を一言も発さず正体すら曖昧なままな中、戦争の悲惨さと女の怖さはきちんと伝わったし、ドクター中松の偉大さもしかと受け止めた。ただ、ここまで地味な作りで引っぱったなら最後までそれを通した方がより面白かった気が。ラスト衝撃の銃撃シーンがちょっと『告白』みたいになってて残念(っていうかあそこで「月光」流そうよ...)。せっかくのたーくんの落語ももうちょっと聞きたかった。こんなに無愛想でわけのわからない映画に出資する吉本興業はやっぱりいい会社なんじゃないかとちょっと思った。

今回はコネとか他人の名前とかせこい手を使わずに自分の名義だけで一本勝負、さすがに絶対無理やろうなあと思いながら一応申し込んだオザケンのコンサート、ひょいっと当選してしまった。さすが後厄。