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1.26

キルスティン哲郎

もうちょっと世間の熱が冷めてから見ようと思ってたのだけれど、キルスティン・ダンストに対する熱い想いがどうしても止められず、『マリー・アントワネット』(ソフィア・コッポラ監督)に足を運んでしまう。

久しぶりに見たキルスティンは、相変わらず、笑顔と肉体とその動きが天才的に魅力的で素晴らしかった。コスプレ劇だと彼女の魅力が半減してしまうのではないかと懸念していたのだが、何を着てもどんな髪型でも彼女はやはり存在自体が優れた才能のように輝いていた。うっとりする他なし。キルスティン以外にも、画面に映るものとりあえず全てが完璧にラブリーでキュートでポップ。本気であんな部屋に住みたい。音楽もお洒落。パグも可愛い。マチュー・アマルリックに気づけて嬉しかった。以上。

と、まとめたくなる程映画としては退屈だった~。監督の前2作がそんなに嫌いじゃない分ちょっと残念。わざとだろうけどいくらなんでも脚本中途半端過ぎるし、前半の1時間は絶対15分位に短縮出来るはず。だるい。折角のベルサイユ宮殿も全然美しく映せてない。もったいない。スチール的にキレイなシーンは幾つかあったけど、キルスティンの表情以外グッとくるとこ無し。馬車をもっと効果的に使えただろうに。やっぱり映画監督としてはダメなのか。

ってか、「ソフィア・コッポラによる新しいマリー・アントワネット像」とか言うけどさ、単に「周囲から見れば恵まれた環境にいる私。でも実はとっても孤独で寂しくて大人になりきれないの。こんな私を誰かわかって!」てな話で、これってソフィアさんの今までの作品と全く同じですよねって感じで、これってまんまソフィアさん自身のことですよねって感じで、本来ならこんな自意識過剰女(女ってのがくせ者)の自己満足を満たすためだけに作られたような映画、お金貰ってでも見たくねーよと思うはず。それを「センス!雰囲気!」の勢いだけで「ちょっと見たいな…」と思わせる。あれ、やっぱりすごい監督かも。

でもでも、女が孤独を満たすために消費行動に走るのはいつの時代もどこの国でも同じなのね…。それは深く理解出来るわ…。

ガーリームービー世界代表みたいな映画を見た後はバランスを取らなきゃなんか落ち着かなくてシネマヴェーラに丹波哲郎の姿を拝みに行く。

石井輝男監督『ポルノ時代劇 忘八武士道』(73年)。大した意味もなくガンガン人を斬りまくる謎の主人公(哲郎。ちょっと歳とっててあんま美しくなくてショック)が無法集団の仲間に入って悪行に手を貸すのだが…という物語、が始まる前に、冒頭のタイトルとクレジットの出方のかっこよさに声を上げて喜んでしまう。

その後も、キルスティンが死守していた乳房がこの映画じゃアップ過ぎて何か分からん勢いで出てくるわ、くのいち5人組が結構本格的なアクションを全裸で繰り広げるわ。めちゃくちゃ面白いけどポルノとしてはかなり微妙(この、くのいち達の消火活動からレズビアン争いに至る流れはあまりに想像の範囲を超えていて呆気にとられて笑うことも忘れてしまった…)。絶対放送禁止な阿片中毒男と梅毒女の怖過ぎるメイクのアップやら、哲郎が斬りつけた腕やら首やら耳やらがびゅんびゅん空を舞うやら。でもラスト、雪の中に哲郎が独り立ち尽くすカットがやたらかっこよかったり。いやはや凄かった。まじ恐るべしポルノ時代劇(初めて聞いたジャンルやけど)。

今気づいたけど、長っ。