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2.19

『悲夢』

過去のどの作品を見てもどーにもこーにも好きになれないため果たして今回もそうなのかしらんというねじ曲がった好奇心を満たすためにキム・ギドク監督最新作『悲夢』を見に行ったら(紛らわしい劇場名のため場所を間違えてしまいなんでこんな映画のためにダッシュせなあかんねんとイライラしまくった心理状況を度外視しても)案の定今回もダメだった。飲み屋で初めて知り合った人に好きな映画監督として名前を挙げられると困る人No.1の座をめでたく死守。
主演のオダギリジョーがばりばり日本語で話すのに対し周りの出演者が100%韓国語で返す、という図々しい設定は中々面白いなと一瞬思ったものの、相変わらずの韓流ドラマチックなライティング(蛍光灯っぽい明るさ)と紙芝居かよと突っ込みたくなる平面的な画面についていけず、相変わらずのトリッキーな設定の発想(今回は、男が見た夢を、全く赤の他人な夢遊病の女が無意識の間に実行してしまう、というお話)だけで面白いと思い込んでそうな映画の作り方についていけず。マニアックなファンもいらっしゃるようですが、おらにはさっぱりよくわからん。すまん。これを「狂気の愛」だとか言うのならその前に楳図かずお先生の「蝶の墓」を読んでくれとしか(今思ったけど、監督っていうより支持してる人の方が理解不能かも)。
オダギリくんはひとり感心する程頑張ってて、頑張り過ぎて最後の方はキリストみたいなビジュアル(想像)になってました。ファン的にはどうなんだろう。