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11.03

『ぼくが生きてる、ふたつの世界』

無音の画面から映画が始まった数分後にはまだ赤ん坊の主人公・大(だい)のお食い初めの席で「男はポコチンと声のでかさで決まんだど!」と楽しそうに話すでんでんの姿。まったく歓迎できない昭和のリアルが迫ってくる(そのあともでんでんのセリフはいちいち最低過ぎて最高)、呉美保監督『ぼくが生きてる、ふたつの世界』。「コーダ」の男の子の成長物語。
そんなおじいちゃんがいる家庭でも、耳の聞こえない両親と聞こえる息子の一家は世界一幸せなんじゃないかってくらいに仲睦まじく肩を寄せ合って日々を生きる。が、大は成長するにつれ、周囲の「普通の人たち」による「この家族は普通じゃない」という視線を恥ずかしく感じ始め、手話で話す「普通じゃない」母親に対して反抗的になっていく。こうしたこの家族に流れる小さな時間の積み重ねをドキュメンタリーのような映像で、正確な距離を保って見つめ続ける監督のまなざしが素晴らしい。
小さな田舎町で母親に暴言を吐いたり家族との旅行を嫌がる高校生は決して「親がろう者だから」てはなくいつの時代も日本中に存在する普通の光景だろう。しかしそのことを自分だけの特別な問題と思い込んでいた大が、上京して出会ったろう者サークルの女性に、自分のような存在(ろう者の両親を持つ聴者の子ども)は「コーダ」と呼ばれる社会問題なんだと教わり、自分の個人的な苦悩と思っていたことが社会的なことと知る、その転換も見事で大いに感心。
いやそんなことより、とにかく何もかもが本当に良かった。主演の吉沢亮君が微妙にだらしない田舎の若者を見事に演じきってて、手話もほんまに自然で、立派な役者さんだ。実際のろう者である母親役の忍足亜希子さんや父親役の今井彰人さんはもちろん、ろう者サークルのメンバーたちのキャラクターや怪しい編集者のユースケ・サンタマリアもハマり過ぎやし、主人公の子ども時代を演じる吉沢亮そっくりの子役たちもやたら良い(みんなお芝居も手話も上手くて、凄い)。なんでもない日常、聞こえない人たちが手話で話してる内容が本当にしょうもないことだったり、自分のことは自分でやる姿、あまり他の映画では見たことのないろう者の姿にハッとさせられた。
無理矢理お涙頂戴ものにはしない感じもいいわね…と思っていたら、ラストにはまんまと号泣させられて。お母さんのおあのセリフあのシーンは、いかにもな感動演出ではないけれど泣けへん人はおらんやろってくらい涙腺崩壊しまくり。これは絶対見て確認した方がいい。