1 溶けた時間に

 長崎は坂の多い街だ。この地で免許をとると、全国でもそうとうな腕前のドライバーになれるという。故郷に帰った僕も、この五月からドライバーの端くれになった。
 十九歳から二八歳まで東京で暮らしていた。東京はたいへん生きにくかった。僕は、映画に憧れて、高校を卒業すると、つてもなく上京した。
 十八歳とさよならした三月の末のことだった。花の都と唄われた場所は、ぎすぎすしていて怖かった。狭い銀色の箱の電車。サラリーマンの殺気立った態度。僕には新聞をめくる音が胸を小刀で切るように聞こえた。
 意味もなく可愛い女の子たち。彼女たちは、生育の早い雑草のように駅のホームや街角に立っていた。それは眩しい光景というよりも、早く、女を知らなければ、この地では男として生きていけないような気にさせる光景だった。僕にはとてもそんな度胸はなかった。
 僕は逃避の場所をすぐに見つけた。どんなに大きな都市でも隠れる場所はあるものだ。隠遁するのは、書くのも平凡だけど映画館だった。バイトを週四日過ごす。古紙回収業ってやつだ。街から街へと流す。録音された呼び声を無神経に響かせる。すましきった住宅街を嫌がらせのようにぐるぐる回った。縄張りもあって、相手の先輩に殴られた。九州弁が出そうになったのを堪えた。長崎は色があった。南シナ海のブルー。それがここでは灰色だ。心も淀んだ。
 アパートは大森の外れにある。昔、首切りの刑場があったという場所の傍だ。仕事が終わっても、隣の男女の声がやかましい。激しいセックスを朝からやっている。女は同じ。男が交代だ。僕はコップを壁にあてて聞いていたが、鏡に映った自分を見て止めた。
 しかし、おちついてビデオも観られないから、僕はバイトが終わればとっぱらいの給料で、大井町や有楽町、池袋の映画館を渡り歩いた。そこで深々と椅子に座って、スクリーンに映る異常な世間話を眺めるのだった。
 やがて学校も可もなく不可もなく卒業。大枚はたいて、自分がただの映画好きだったことを発見した。
 それだけだった。
 仕事はその日暮らし。
 ある日はテレビ番組の収録現場。
 そこで大蛇のようなケーブル相手に格闘する。闘う相手は、こいつだけじゃない。汗もかかないような若いプロデューサーに文句を垂れられる。
「ちんたらやってもしょうがねえだろ。もっとタレントさんにも気を使えよな」
この格闘はいつも一方的な、テクニカルノックアウト。
「はい。すいませんです」
 僕の負けだ。
 だから毎日仕事場が変わる。
 さすがに嫌気がさして、僕はフリーターになった。
 その後、神保町の古本屋で働いた。なけなしの書籍やシナリオ台本を売り歩いていたら、張り紙を見たのだ。
「すいません。バイト募集してますか」
怪訝そうに、ジージャンにジーンズというダブルGな僕の格好を下から上まで眺める店番の女の子。黒いセルフレームの眼鏡が、きつめの顔立ちに似合ってる、と思った。
「お待ちください。店主を呼んできます」
後ろ姿も可愛かった。淡いえんじ色のカーディガンにグリーンの長めのスカート。僕の生活とは距離のあるスタイルだった。
 ところが、ここにバイトが決まった。
 十時開店。それまでに本の整理をやる。開店と同時にお茶になる。お茶というのは、まあ、おやつというか小休止の時間だ。それが午後にもう一度ある。楽だった。なんにも考えないで、
「なんとかの辞書はありますう?」
なんて訊いてくる間の抜けた大学生に、無愛想にしていても怒られない。ただ嫌だったのは、映画の本のコーナーに回されたときだ。始終、ウッディ・アレンやベルイマン、ゴダール、黒澤、小津に囲まれるのは、どういうわけかしんどかった。だからその古本屋も辞めた。
「どうして? よく働くから、映画の部署にしたのに」と店主が人のいい丸顔にのった八の字眉と眼を柔和にして訊く。
「いや......本が苦手になってしまって。あの字が、字が怖くて」
店主は困ったような、もてあました顔をして、
「そうかい。しょうがないな。怖くなくなったらまたおいで」
と言ってくれた。そして餞別に「ゴダール映画史」を揃いでくれた。僕がいつも背表紙を見ていたからだ。好きだったんじゃない。早く売れてなくなってくれと望んでいたからなのに。
 それからは職を転々とした。
 同級生には映画監督になったやつもいた。
 気がつけば二八歳だった。
 僕は長崎へ帰った。
 街には色があったが、僕の生活は灰色だ。
 実家にはなにも知らせずに、市内から遠い場所にアパートを借りた。そこで金はなくなった。水とパンで暮らした。慣れというものはある。それでも充分な食事だと思った。ため息がBGMの職業安定所でタクシー運転手募集のチラシを見た。これだと思った。
 ムーンライトという、夜の番を勧められたが断った。朝五時から夜八時までのサンライズと呼ばれるグループに入った。
 ワックスと洗車用洗剤の匂い、客のゲロや煙草の臭いが混じりあう薄暗くて天井が低い蒼い操車場で、与えられた車の掃除をする。そして、缶コーヒーを先輩に配られて、無言で飲み干す。
「そいじゃいこうか」
という先輩のしゃがれた声がスタートの合図だ。僕は運転席に滑り込む。
 観光の街、そして急激な坂の上に住宅を築く市民のおかげで、食いっぱぐれはない。眼鏡橋を案内し、オランダ坂に連れて行く。買い物袋を抱えた土地の主婦や老人を坂の上の家まで運ぶ。そういう繰り返しだった。
 六月になった。
 朝、操車場から飛び出すと、港に雲海がかかっていた。よくわからないが、海面の温度と気温の差で生まれる現象のようだ。僕は高校時代、よくこの雲海を眺めていた。学校が好きではなかったから、この自然現象でも眺めていようと思ったんだろう。いまではあの頃の自分の心理など、推し量りようがない。缶コーヒーと煙草と愚痴まじりのラーメンの味と寝る前の酒が、思い出に浸ることから遮断していたのだ。
 それでも僕は、運転席を降りて眼下の光景を眺めようとした。
 雲海は周囲のすり鉢状の山々を舐めながら、まるで気長に溶かして海に引きづり込むような動きを繰り返している。青々とした六月の樹木は、僕を憂鬱にさせる生命力をたたえていた。
 オレンジ色の光線が、僕の眼を切り裂く。手で顔をかざすと、東のほうから太陽が現れたようだった。街を囲む山の緑が黒いシルエットに変わった。
 初夏の湿気を含んだあまったるい風が頬をなでる。
 こんな街に帰って来て。どうしてるんだ。
「すいません。あの」
振り返ると、そこには白いジャージ姿の少年がバッグを抱えて立っていた。
「すいません。諫早まで乗せてくれんでしょうか」
「よかけど」
「今日は高校総体の日やけど、昨日、腹ば壊して休んだとです。だけん、いまから試合に出られるごと、行こうと思うて」
ニキビ面の下にある表情筋を上下左右に激しく動かしながら、少年は訊かれもしないのに語った。
「金はあっとね。ここからは高かばい」
「金はあります。たくさん」
「そうね、そいなら乗らんね」
「あ、ありがとうございます! 諫早第一商業までお願いします」

 諫早第一商業という学校は知っていた。知りすぎているくらいだ。一時間半ほどかけて、校舎に入った。校門には、「長崎県フェンシング大会」と書かれた立て看板があった。少年は金を払い、錆の目立つ、かまぼこ型の体育館へ消えていった。中から聞き覚えのある文句が聞こえる。
「ロンペ、ロンペ、マルシェ、マルシェ、ボンナヴァン!」
 僕は煙草に火をつけて、唇にぶら下げたまま、体育館の入り口に立った。
 白いユニフォームに身を包んだ一団が、鏡の前で声に合わせて前後運動を行っていた。利き手には皆、銀色の剣を持って。もう一方の手は、天井を指すように宙に向いている。
「アタック!」
一斉に、剣を前にし、腕を伸ばし、前脚を蹴り、鏃のようなポーズをとった。そして時間が止まったように、彼らは静止している。
 一番後ろの選手は、蹴りだすタイミングが悪かった、と僕は思った。僕も十七歳のこの日、同じように白いユニフォームに剣を持ち、はやる心を抑えながら試合を待っていた。
 目の前の窓ガラスに運転手姿の僕が映っていた。そこへだぶるように、マスクを被ってシャドーファイティングを無心でやっている選手が現れた。
 眼を凝らして窓ガラスを見た瞬間、そのフェンサーと僕は混じりあった。

(つづく)

[2008.4.3]