そう言えばモックンも滝田洋二郎監督も結構好きやったなと思い出し、何かと話題の『おくりびと』を見に行ってみた。
納棺師(初めて知った)という葬儀屋さんより先に遺体を棺桶に納める仕事にうっかり就いてしまった主人公を巡るあれやこれやがかなり普通にいい感動映画に収まっており、こんなのが米国アカデミー賞なんかに出たら速攻リメイクされるんじゃないかしらと思う類いのわかりやすさで中々楽しめたのでした。死体を前にした納儀という能か舞踏かみたいな儀式(初めて見た)も新鮮で勉強になったし。ギリギリの笑いのセンスも幼い頃から見慣れてるせいか(調べてみたらここ20年で滝田監督作品15本中12本見てた...。詳しい理由は自分でも不明)個人的にはあんまり気にならず。いやらしいって感じもわからなくはないけど。好きとか言っときながらでも実はやっぱり何故今シブガキ隊?と一瞬頭をよぎった疑問も、確かに最近の若造アイドルじゃ河原の草原でひとりチェロを弾く姿に耐えられないわなと納得。全裸になった時のマッチョっぷりはさすがにちょっと不自然やったけど。
中途半端なナレーション(と、お前ら副音声か!って突っ込みたくなる程ずーっと喋りっぱなしだった後ろのカップル!!)がうるさかったのとか、唐突に現れる意味不明な青山真治監督作品『こおろぎ』まんまのシーンとか、どんな場面でも同じ表情(なんか、「太陽眩しい...」みたいな顔。伝わって)の広末涼子とか、いくらなんでも引っ張り過ぎなラストの泣き所(最近の滝田監督作品ではお馴染みのような気もするが)とか、あー脚本は小山薫堂かと納得できる部分とか幾つか不満は残るものの、終映後の女子トイレでは女子高生たちが大泣きしていたのでいいんじゃないでしょうか。久しぶりに山崎努がくどくなくて良いと思った。余貴美子みたく中年になってもロングヘアーの似合う女性ってだいぶ珍しいんじゃないかと感心した。家のセットも良かった。
夜のおにいさまに誘われるがまま、今年いっぱいで閉館の新宿コマ劇所に初めて足を運び「渚ようこ新宿ゲバゲバリサイタル」を観てまいりました。開演ギリギリにロビーに着くとものすごい人ごみ&業界人風のお客さんがいっぱいでちょっとびびる。
ようこさんとはゴールデン街の飲み屋で数回ご挨拶した程度、CDもロクに聴いたことなかったので(失礼...)どんなステージになるのか全く予想がつかなかったのだけれど、これがまあほんとーーにかっこいい歌声に圧倒されまくった感動しまくりまくりな3時間だったのでした。いたってシンプルな舞台装置と衣装なだけでお腹いっぱい。マジで凄かった。やっぱりライブっていいなあとしみじみ思った。でも終演後には興奮冷めやらぬままCD買ったけど。
ようこさんの歌声だけでも十分やったけどサービス精神満載な豪華なゲストも面白く、コマ劇の舞台がなんともミスマッチな若松孝二監督のトークやら初めてちゃんと聴いた三上寛やら歌手だったと初めて知った山谷初男やら登場の瞬間からかっこ良過ぎる横山剣やら、超かっちょいい大人たちの宴がなんとも贅沢なステージだったのでした。後ろの踊り子も可愛くて。お土産まで貰えたし、えがったえがった。
で、ちょと働いたっぽい自分へのご褒美に黒沢清監督最新作『トウキョウソナタ』を恵比寿へ。
トウキョウに住む典型的な中流家庭の崩壊やら再生やらの物語、と言われても私にはCGフル活用のSF映画と同じくらいフィクションな世界で、勿論それ自体がフィクションだということは映画の中であっさり暴露されるのだけれど(物語自体も笑えるような突飛な展開を見せるのだけれど)、家族のあれこれに心動かされることは全くなかったのだけれど、よく考えれば黒沢監督の映画でだらだら涙流したのって初めてかもなのでした。冒頭のカットが衝撃的過ぎてびっくりしたらそのままびっくりしっぱなしで119分は流れていったのであった。とりあえず、このキョン2には参った。非人工的なエイジングの美しさに感動した。他にもいっぱいいっぱい感動したはずなのに頭の中が「月の光」に支配されてぼーっとしてしまっているので近いうちもう一回くらい見に行きたいと切に思います。ただ、このラストを見て、相変わらず黒沢監督の女性の描き方の正しさには思わず笑わずにはいられなかったのでした。ただあと、大した意味はないんやろうけどここまでやられるとキョン2の服の色が気になったのでした。井川遥の巻物もちょっと気になったか。
意外な程劇場が空いていたので、みなさんもっと見に行って心打たれるとよいかと思われます。
ふうう、昨日一昨日とこの二日間は私史上最も打ち合わせ率の高い日々であった。名刺渡したり判子押したりしまくりつつ病院行ったりハワイ行きの手続きしたりでちと疲れたけど「ああ私なんかやってる人っぽい...」という錯覚に浸れたのでよしとする。で、今日はちょっとゆっくり休めると思ったのも束の間、ぽんずさまの口の腫れが目に見えて悪化してきたのでせっせとワンニャンクリニックに行ったりして疲れた。癒しを求めて近所の赤提灯なおでん屋に行ったら隣りのおじさんがすっげー面白くて愉快だった(やたら勝手に灰皿を代えてくれる)。ノーメイクであんなにちやほやされたのは生まれて初めてだったので大変嬉しく、調子に乗って熱燗飲みまくって撃沈。あ、でも辛うじて「あらびき団90分スペシャル」は朦朧とする意識の中頑張って見た。風船おじさんマジで最高。
昨日の謎は無事とある方からの親切なお答えにより解決されました。まさか中部地方だなんて。
ちょいと朝早く家を空けなきゃいけない用事があったのでこの機会に11時上映のフィルムセンターさんに初めて行ってみたら予想以上に人がいっぱいでびっくりした。
ジュリアン・デュヴィヴィエ監督の『陽気なドン・カミロ』(53年)、イタリアの小さな村を舞台に、高田純次クリソツの司教が性格までも高田純次ばりに適当に暴言吐いたり暴力ふるったりやりたい放題しながら村の問題を次々解決していくような混乱させてるだけのような物語がすごいテンポでドタバタ進んでいく映画を眺めてたら、映画も人間もこんなノリでいいのかなと癒されてしまったのでした。実は真剣な政治的対立とかが起こっているというのに全く深刻さを感じさせない素敵。純次が誰もいない道をおっきなキリスト(饒舌)背負って歩くシーンは渋くてかっこよかった。
そのまま続けて『巴里の空の下セーヌは流れる』(51年)、なんと満員御礼でまたまたびっくりした。パリに暮らす彫刻家殺人鬼やら医学生やら労働者やらの一日が流れるように描かれる物語の中、涙せずにはいられなかったのが7階に住む猫ババアの24時間。貧窮のため猫のミルクが買えず、一日中街を歩き回って見知らぬ人にエサ代を乞うも無下にされて手ぶらで家に帰ると猫にも怒り狂われる婆さんが切ないこと切ないこと...。思い出しても胸が痛い。エサ代くらいはちょうだいね。家出した小学生の女の子の海賊ごっこと殺人鬼とのかくれんぼも中々泣けた。が、117分が長くてちょっと疲れた。両隣のおじいちゃんたちは途中退場していってた。
帰り道、西武百貨店のライオンズ優勝セールという大きな罠にまんまと嵌る。松崎しげるが大暴れ。
・とある方から新潟は東北地方じゃないというご指摘を受けたのだが、その事実と、それを今まで知らなかったという事実と、じゃあどこやろうと考えてもすぐに分からないという事実にトリプルショッキング。どこ?
・会社の営業さんの健康診断結果が衝撃のG判定(最低らしい)だったのを目撃し、明日は我が身かと恐ろしくなっていそいそ久しぶりに泳ぎにいってきた、が、入水10分後には激しく足がつって大惨事、でもあんまりすぐ出るのもなんかあれやしなとプールの片隅でじっとしながら小一時間をやり過ごすという新しい暇のつぶし方を提案。
・母からもらったエルメスの腕時計が止まったので電池交換の為にショップに持っていくとこれは電池式じゃなくて手巻き式だというびっくり告白を受けそのまま時計内部の構造からゼンマイの仕組みまでを隅のテーブルに着席しながら詳しく図に描いて説明して頂く。優しい大人もいるもんだなとちょっと感動。
・そんなエルメスさんで8月に購入した腕時計がなんと来年の3月にならないと日本に届かないとか言われくさってむかつく。絶対もっと急げる。
・そんなエルメスさんが次回の上映会で上映する映画&その監督さんがさっぱりわからない(『偉大なるムガル帝国』K.アースィフというインド人監督)。誰?
なんと驚異的に衝撃の今回が初見という事実、佐藤真監督作品『阿賀に生きる』(92年)をアテネフランセさんにて。初めて見るのが追悼特集というのも哀し過ぎる話ですがこの機会に見れてよかった。
新潟水俣病の舞台となった阿賀野川流域に暮らす人々を三年間にわたって撮影、と今更私が説明しても仕方がないようなドキュメンタリー映画の名作、確かに115分じゃ短いよおと駄々をこねたくなる映画でございました。途中の字幕の文字が渋過ぎていくつか読解できなかったという心残りはあるものの、東北の人は無口で無表情という思い込みが全く間違っていたと反省、出てくるおじいちゃんおばあちゃんの唄って踊る姿が泣けた。餅屋の老夫婦のやりとりが泣けた。岡本太郎似の船職人のおじいちゃんの笑顔が泣けた。以上。なんかプログラムに変更があって実はまだ見れるっぽいのでなんとか駆けつけたい。
ショーン・ペン監督の映画って見た後必ずブルーな気持ちになるという印象があるのですがなんか今回は評判いいしタイトルも爽やかやしということで『イントゥ・ザ・ワイルド』を見に行ったらやっぱりただのロハス映画では終わらないひどくブルーと言うか現実ってそうよねと黙り込まされる映画だったのでした。
自分の家庭環境と資本主義に嫌気のさした主人公が大学卒業と同時に失踪の如く自分探しの旅に出る、という物語自体には1ミクロの興味も持てなかったが、自分探しの度を超えて本当に厳しい自然の中で野性的な生活をしてるエミール・ハーシュくん(『ロード・オブドッグタウン』のディカプリオ似なかわいこちゃん)の姿はかなり魅力的であった。鹿やら馬やら狼やらの群れや激流の川下りやばかでかいエゾシカや熊を見てるだけで楽しく、またそんな山奥でもはやフィクションではなく実際にやらされてるんだろうなと思えるハーシュくんのハードな生活っぷり(鹿の解体とか)は148分退屈を感じることはなかった(勿論ロハス万歳とか自然大好き映画なわけじゃなく、むしろやっぱり田舎生活なんて絶対やだと新たに決意、ってか無理ってところが一番良い)。故に物語の弱さがだいぶ残念か(なんか、詳しく書く気にもならない)。物語同様主人公のキャラクターにも特に惹かれなかったが彼が旅の途中で出会う人たちはみんな魅力的で、個人的には最後のおじいちゃんに一番ぐっときた。ロープウェイみたいなやつの中で見つめ合うふたりにはちょっと泣きかけた。あと女の子とのライブシーンもちょっとぐっときた。でも泣かない。
フィクションじゃないと言えば、ラストのハーシュくんのこの痩せっぷりはやっぱり凄いと感心しないわけにはいかない。が、最終的に妹のナレーションってがちょっと気になった。結局丸投げかい、みたいな。やっぱり男子って勝手よねと言いたくもなるけれど元ヤク中のDV男がこんな映画を作ったという更生っぷりに免じて黙ることにする。あと、音楽や自然の音がかなり凄まじいので、この映像と音響は映画館で体感しなきゃ意味のない映画だと思われる。水曜だからかだいぶ大入り、良いことだと思われる。いい映画だとは思います。
お目当ての映画を見に開演10分前にシネコンのチケット売り場に行くと売り切れ満席と言われてしまいあまりに予想外の事態(祭日でも絶対空いてると思い込んでた)にパニクってその場でじゃあ次に早く始まるやつとロクに調べず作品を選択した結果たいした興味もない『ウォンテッド』(ティムール・ベクマンベトフ監督)を見ることとなったとさ。
映画の方は、まあ、派手なアクションとCG満載のハリウッド映画、という期待(予想か)を裏切らないんなアホなと笑える映像満載の作りになっておりまして、ほんま漫画やなと思ってたら原作はまんまと漫画だったのでした。決して退屈とか全くダメとかではないけれど、DAIGOも共感のダメな若者(ほんとにダメ過ぎてイライラできた)の覚醒ストーリー、1人の悪人を殺して1000人を救うてえらい勝手な話やな結果的に列車壊して数百人の一般人巻き込んでるしこのラスト私が動物愛護団体なら文句言うぞと突っ込みたくもなったけれどでもやっぱりどうでもいいかと思考停止系。ただ、殆どセリフがなく唇の端をつり上げてるだけの殺し屋アンジェリーナ・ジョリーが美しいこと美しいこと。顔も身体もちょっと完璧過ぎるんじゃないかしら。このキスシーンは、私も美人なら一度はやってみたいと地団駄。モーガン・フリーマンって最近こんな役(上からみんなを見渡してる人、みたいな)ばっかりやなと思ったりした。あと、とにかくなんやかや音がうるさい映画なので音響のいい劇場の方が覚醒できるかもでした。あと、休日に1人でシネコンで見るもんじゃないかも。
最近「病的に物欲がなくて...」が口癖だったのですが、本日無事克服。
突然久しぶりに新文芸坐さんに行きたくなったのはつらつら読んでる金井美恵子さんのエッセイ集に出てくる高峰秀子の名を眺めていたら成瀬巳喜男監督の映画を見たくなったからででも今日上映していたのは『歌行燈(うたあんどん)』(43年)でそこに高峰秀子は出てこないんだけれど勿論大満足の面白さで特に代わりと言ってはなんですが山田五十鈴の初々しい可愛らしさ(でも歳の割には老けてる、と思う)はかなり胸キュンもので、お互い消息を探していた三人が偶然ひとつの場所に集まりそれぞれの存在に気付くまでのスリルと気付いてからも黙って舞を踊り続ける女の姿を捉えたラストには思わずため息をついたのでした。がんばった。
夜は、22日の9月だしという強引なゴロ合わせで29歳の女たちが集まって肉(29、ね)を食う会inバルバッコアグリルを開催。久しぶりのシュラスコで、この先半年分の牛やら豚やら鶏やら羊やらを食い散らかす。焼きパイナップルも旨かった。
その後立ち寄ったカフェのオープンスペースでアラサー女どもがえげつない話に花を咲かしてると、突然目の前にビートたけしが現れてびっくらこきまくる。なんかやっぱりめっちゃかっこよくて、どんな人にも厚かましくサインやら写真やらを頼める自信のある私でもさすがに圧倒されて声かけられず無念。代わりに、たけしと談笑してたインテリ風やくざのおっさんとやたら親しくなったりした。
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