8 現実の介入
ここでの連載、小説としてさあこれからというところだったのですが、映画化が進み、ノヴェライズのほうも走り出すに至って、内容が重なってしまう箇所も多く、アイディアもなく、ここでいったん休止させてくださいませんか。
私はそういうメールをこのサイトの管理者へ送ろうと考えていた。
かなりのアイディアを注ぎ込むに至って、いままで書いたことをここで折れてしまい諦めるのは辛い。
その煩悶のなかで、あ、これは、と思ったのは「ドン・キホーテ」であり、小島信夫の「別れる理由」という小説と出逢ったから。
この二作品は「小説の為の小説」という構造をもつもので、とめどなくとりとめもなく続いていくものだ。
「私」は、すでにこの小説の途中で顔を出している。だから、先ほど挙げた二作ばりに、これからずっと出て来るのだと厚顔無恥に言い切る勇気はない。しかしながら、この連載を辞めたくはない。自分の未刊の作品にもない、ある種の自由さをもってここには書けていた。
自由?
なんの自由だろう。
いわゆるネット小説とは異にしようと思い書きはじめたのだが、やはり本にする為に書く、紙ではないメディアで書くというのは、小説を書く心構えの解体へ向かうようだ。かなり綿密にノートを作ってみたのだが、それをただ当てはめて升目を埋めるのでは息苦しい。田中栄助の物語はどんどん窮屈になっていくのだ。
「おい、あんた、俺を抹殺するつもりね」
「ああ。やっぱり出て来たか」と、僕はパラレルの世界の「僕」から恫喝される。
「窮屈なんだ。昭和末期の青春を描こうと他にも書いているんだけど、君の青春を延々と
ネット上に書くのは辛いのだ。もっと自由にあけっぴろげにしたいんだ」
「苦しいな。書けないときっぱり言えばよかじゃなかとや」サルも現れる。
「バカ言うな。これからの展開はきちんと書いてある。そのまますーっと書けば書けるんだ。私だってプロだからな」
「じゃあなぜ?」と「僕」が訊く。
「ネット上に書くということはどういうことかってことを、考え出していくとすごく悩むんだよ。これは紙とかの媒体と違う。ぬらぬらと物語が終わらなくなるような毒性があるんだ。他の若い子のネット小説も、そういうだらだら感覚が横溢しているじゃないか」
「知らねえ。俺はあんたの世界のなかでしか生きていないから」二人が言う。
「参ったな」私はラップトップの横にあるマグカップの茶を飲んで「現実の浸食がどうしてもネットで書くという時に感じることなんだ。エッセイ、いや日記的と言うか。わからんだろうけど」
「うん。わからん」
「ネット小説の特性として、やっぱり『呟き』感覚があると思うんだよ。いや展開が派手とかさ、そういうのもあるけど、空騒ぎ的になってるじゃない。そういう意味では独り言だ。
書き手 → 読者
という従来の方向性が、ネット小説では、
書き手 → 書き手 ↓読者
という流れが変るというヘンテコさを感じる。
これは展開とかどうとかいうものではないなあと。だから君等の青春を封印したいと思ったんだ」
「苦しいな」
「ああ、こいつは苦しい言い訳だ」
「二人の気持ちはわかる」私は、そっと彼らの登場したファイルを取り出して、記録装置のアイコンへ移していく。
「やっぱり」
複数の声がした。
一五歳の少年二人の後ろに、同じ年頃の女の子二人が立っているのが見えた。一応に哀しい顔をしている。
「消すのね」
私は、アイコンをドラッグしてそのまま彼らを眺めた。李文国や不良ども。他の連中も私をじいっと見つめている。
「私には同一内容を書き分けるだけの腕がまだないんだ」
「そう言えばいいのに」白里が優しい顔で言った。初めて栄助を受け入れた時の顔のようだった。
「だけど、さっきくどくどと書いたことだって本気なんだよ」
「それはどげんでんよか。辞めんのやったら。
いつか、その腕のあがったら、おいたちを生き返らせるとやろうな」サルは煙草に火をつけて、目を細めて私を見つめた。
「それは約束する」
サルはポケットから、煙草のパッケージをとり出して、全員に回した。
一本、一本、彼ら、彼女は抜き取って唇に下げた。
それに栄助が火をつけていく。
「用意はできた」栄助は言った。
私は冷凍装置に彼らを閉じ込めるためにファイルを動かした。
「最後に聞かせてくれんね、あんた、次に書くのを考えとるやろ?」
私は指の動きを止めて栄助=僕を見つめた。
「ああ。小説のことを書こうと思うんだ。なぜ書けなくなったか。それは腕がなかったことだし、小説についての考えが浅かったということもある。だから、自分なりの小説論をいまから書こうと思っている。ここの管理者が許してくれるなら」
「はははは!」全員が笑い出した。
「あんたもまた、消されるかどうかびくつく立場か!」サルは指をさして、煙にむせて体を折って笑う。
「いまさら。無防備もいいとこだ」栄助は嘲るように煙を吐いた。
「笑うがいいさ。私は真面目だ。あんたらを復活させる為に必要なんだ。消すつもりはないんでね。
毎月一作から二作をとりあげて考えるんだ。『ドットとインク』って題名だ」
「勝手にしろ」サルと栄助は私に吸い殻を投げた。
私は目を閉じて彼らをフォルダへ移した。
目を閉じる瞬間に、哀しげに、上目使いに笑っていた白里が見えた。
浅黒い肌の艶。
長い髪をポニーテールにまとめあげた。
卵形の顔の輪郭。
ややつりあがった眼。
茶色い瞳。
それも消えた。