第3回 インタビューはまんまでないのよの巻

 僕はインタビュー記事や本を読むのが編集者以前から好きだった。高平哲郎やトリュフォーの映画インタビュー、山田宏一の映画人との対話、東海林さだお、吉行淳之介の対談などなど。読むとなんだか滋味というかなんというか、栄養がしみてくるというのかな。味わいが半端ではないのだ。
 そういうファンだった僕が編集者としてインタビューに関わるということは、天職を得たというような心持ちにさせる一大事であった。サラリーマン時代だったその頃.........。

「おい、あのな。今度、渋谷の痴漢電車風俗店にいってな、働いてる姉さんの話をとってきてくれるかな?」
遅刻ぎりぎりで出社して、着ていたポロシャツを脱いで、大汗を拭いているその背中に上司の原野さんから声がかかった。
「痴漢電車ですか」
「そう。セットが組んであるんだよ。精巧なやつでさ。そのなかに客が入って女子高生姿やOL姿の姉さんを触りまくるという寸法の店だよ」
「は、......触ってくるんですか、僕が」しどろもどろである。
「あー、ふーんん。いいね、それもやってきてよ」原野さんの好色そうな微笑が部屋いっぱいに浮かんだ。
 言わなければ良かった。
 渋谷の道玄坂をのぼりきったところに店はあった。店というより外観は、白い外壁に囲まれた、なんの変哲もないテラスハウスだ。ただ少し違うところがあった。それは玄関に近づくと、中から、ごとんごとんという列車の音と「次は恵比寿ぅ~、恵比寿です」というくぐっもった声が聞こえるのである。そう、僕らがよく聞く、JRの列車内の音響がそこにある。
「よくいらっしゃいましたねー。ほら記者さんに挨拶して」マネージャーは僕と姉さんたちを引き合わせてまず大人げな感じで応対した。
 マネージャーは、歳の頃なら十代後半。まだガキの癖して口ひげをラテンにはやして、髪はなつかしライオン丸もそこのけという風情だった。
「どおもぅ~。わたくし、当車両の車掌で、綿貫と申しまぁすぅ」車掌口調でマネージャーは自己紹介した。名刺にもきちんと車掌と書いてある。「さっそく乗車していただいて、トラブルを起こしていただきましょうかぁ。なおこの列車には鉄道公安官は乗車しておりマセェン」
 つり革を握って僕は流れない景色を車窓から眺めていた。窓の外は絵で描かれた沿線の風景だ。誰か金をもらって描いたのだろうか。はじっこに、サインがあった。なかなかの意匠である。そうこうすると渋谷駅からどどっと女子高生やOLが乗車してきた。異様なのは全員が無言であることと空き座席はかなりあるのに全員僕を取り囲んで立っていることだ。
 がたんごーがたんごー。
 僕はどうも緊張してトラブルを起こせない。
 がたんごーがたんごー。「次は新大久保、新大久保です」ぐーん。
「ごめん、ちょっとね」僕は隣の女子高生をスカート越しに触ろうとした。するとその傍らにいたOLさんが女子高生のスカートをめくって、すばやく僕の手首を握りパンツ内に忍ばせようとした。
「あ」僕は小さく叫んだ。
「あ、じゃないヨ」と淑女両名は僕の手首を掴んだまま非難の視線を送った。
 なんとか皆さんのおかげでトラブルを起こせた。そして、その後、各々にインタビューを行った。みんな、当たり前な感覚を持ったプロレタリアートたちだった。
 事務所に戻るとインタビューを文字にする作業だ。
「どうやってやるんでしょう」初体験の僕は原野さんの横顔に尋ねた。
「まずは一言一句漏らさずにテキストにすること」
「はい」
「それで重複する内容とか言葉、表現を整理していく」
「はあ」
「それから内容の組み替えを行って、面白い構成にしていく」
「なるほど」
「そんでもって語尾、語感を整えていく」
「完成ですか」
「いや、読みやすく小見出しをふって、読者に『これはこういうお話ですよ』と示すようにする。それで終わり」
 僕はほぼ第一段階と第二段階、くらいであとは勝手に方向整理していけばいいと思っていたが、なんとまあ繊細な手順を踏むことか。
「それとインタビューの対象者に一回みてもらえ。後でうるさいから」
 やってみた。
 三〇分のインタビューで、相手がどんどん話せば、ほぼ四〇〇字詰め原稿用紙、二十枚はいく。四人のお姉さんにつき二〇分くらい聞いた。だからかなりの量になった。それに起こしの時間は、聞いた時間の倍かそれ以上要する。もうそれだけでヘトヘトになった。そこから言葉を剪定していく。そして「でさー」「ねえ」「とかぁ」の語尾をうるさくない程度に刈り取っていく。全部とってしまっては息づかいがうまく出ないので、残すべきところでは残す。そして内容を吟味して話題が変換するところで小見出しをたてる。ざっと読み直して、その小見出しで固められた話のパーツを入れ替えして読みどころと落ちをつける。落ちばかり考えていくと、しつっこいから、ニュートラルに終わるものも加えていく。
 出来上がったのは、話を聞いて二日後の夕方だった。お店にファックスして確認。みんなオーケーだと言う。初仕事はこうして終わった。
 インタビューは聞く前、聞くとき、まとめ。この三段階で出来上がる。
 いまでは僕はテープなどは控えにしてしまっている。話に集中し頭に叩き込むのだ。その後、一気に文字にしていく。インタビューは即日仕事。これでいっている。だけども上のような仕事を二年以上経ないと、聞き所を落としてしまったり、呼吸がつかめない。これはこれで技術だといまでは、しんから思っている。

[2007.6.29]